妹の親友が勝負を挑んできては、罰ゲームをうけたがって困っているんですが……。

魚谷

ババ抜き

「ふぁ……日誌とかだりぃ……」


 放課後。

 俺、岡嶋晴希おかじまはるきは一人教室に居残って、日誌とにらめっこしていた。

 シャーペンでトントンと日誌を叩いても、書くべき内容はぜんぜん思いつかない。

 もう一人の日直を務める女子は習い事があるらしく、「今日一日、黒板を綺麗にしたりするのは私がやるから、岡嶋君、代わりに日誌書いて!」と頼まれ、二つ返事でオッケーしたはいいが、すっかり文章を書くのが苦手なのを忘れていた。

 うちの担任、日誌といえどもそこそこのクオリティを求めてくるから、「今日は何もありませんでした」とか「体育がダルかった」で終わらせられないんだよな。

 試しに他のページをめくってみるけど、そこそこの行数が埋められている。


「……し、失礼しまぁす……」


 その時、遠慮がちな声が聞こえて、そっちを見る。

 赤味がかった髪をツーサイドアップに結い上げた、体操着姿の小柄な女子。


「どうした、リリー」


 俺の1つ年下の妹の幼馴染にして親友、今年の春に同じ高校に入学してきた1年生の真田梨々花さなだりりか――愛称リリー――だ。

 リリーは教室を見回し、俺1人だと分かると、さっきまでの遠慮がちな態度をかなぐり捨て、俺を指さす。


「勝負だ、晴希!」

「いや、やめとけよ……」

「なによ、負けるのが怖いの!?」


 なぜか、リリーは物心がついてからやたらと俺に勝負を挑んできた。

 まあ、子どもの頃はそれこそ、可愛げで笑って済ませてきたんだけど、高校入学を機に、罰ゲームなるものを導入してきたのだ。

 これが曲者だとはあの時の俺は思いもしなかっただろう。


「ある意味、怖い」

「へへーん、晴樹のビビリー!」

「てか、どうして体操着なんだよ……」

「? だってこのあと、陸上部に行かなきゃだから」

「今すぐ行けよ……」

「あたしたちの長年にわたる勝負のほうが大事でしょ!? 今日は時間がないから、ババ抜き! 罰ゲームあるから、覚悟しなさいよっ!」

「いや、もっと別のにしないか?」

「だめ! トランプ持って来ちゃったもん!」


 というわけで、リリーは俺の意向なんてガン無視で、トランプをシャッフルし、それから配り出す。

 配り終えると、ペアを作って捨てていく。


「速くしてよぉ。部活に遅れそうなんだからぁ!」


 梨々花は足踏みをしながら急かしてくる。


「いや、部活に行けよ……」

「速くぅ!」

「はいはい、よし。準備完了」


 ちなみにババは俺の手札にある。


「最初はグー。じゃんけん、ぽい!」


 俺がグー。リリーがパー。


「あたしの勝ちっ♪ 幸先いいーっ♪」


 というわけで、ババ抜き開始。


「これ!」


 リリーはカードを抜くと、ニヤッと笑い、ペアになったカードを捨てていく。


「あたしが一歩リードねっ!」

「2人でばば抜きしてるんだから、そりゃ合うだろ」


 俺もリリーのカードを抜く。ペアができたので捨てる。


「むむ、やるわね、晴希! 負けたくないって意思がすごく伝わってくるわ!」

「……いや、ただルールに従ってるだけなんだが」


 それを繰り返し、手札がそろそろ少なくなった。


「じゃあ、あたしねっ! どれにしよっかなぁー」

「部活に遅れるぞ」

「うるさいなぁ! これ! ひあああああ……!!」

「ババ抜いたか」

「はあ!? ババとは限らないしっ! 演技の可能性を考えてないわけ!? あたし、もう幼稚園生じゃなくって、高校生なんだよ!?」

「いや、俺の手札なんだから、何を引いたかは分かるだろ。じゃあ、俺な」


 何としてでも負けなければ。

 リリーはすぐ顔に出る。

 俺はババを引けば、リリーにはニヤニヤする。

 そしてゲームはさらに進んで、そしていよいよゲームも最終版。

 俺の手札は1枚。ダイヤの10。

 リリーの手札は2枚。1枚がダイヤの10,もう1枚がババだ。

 よし。これで負けられる。

 右のカードに手を伸ばそうとするとリリーはニヤニヤし、左のカードに手を伸ばそうとすると、露骨に不安そうな表情になる。

 よし。ババは右だな。俺は右のカードに手を伸ばす。瞬間、リリーの手が動く。

 俺が抜いたのは、ダイヤの10――。

 はあ!?


「もー! あたしの負けぇー!」

「待て! お前、今、とんでもない速さでカードを入れ替えたろ!?」

「……くっそぉ……。あたし、罰ゲームじゃあああああああん!」

「お前は部活があるんだから、罰ゲームとかどうでもいいから、もう行け。罰ゲームとかしなくてもいいから。今日は勘弁してやるからさ。遅刻したら先生や先輩に怒られるだろ。後輩を怒らせるわけにはいかな……」

「ううん、勝負を挑んだ者として罰ゲームをしないわけにはいかないっ! それが勝負の世界の鉄則だしっ! 鉄火場の掟ぇ!」

「鉄火場なんて言葉、どこで覚えたんだよ……」

「パパの読んでる時代小説!」

「じゃあ罰ゲームな。じゃあ、一周回ってワンと鳴け――」

「罰ゲームは決まってるから!」


 リリーは言ったかと思うと体操服の裾に手をかけ、それをそっと引っ張り上げ、引き締まっていながら柔らかそうなお腹を出す。

 縦長の綺麗なおへそまで露わに……。


「っ!?」


 リリーは耳まで真っ赤にして、


「……お腹に、き、キスして……いいよ……」


 俺が負けたらお前が俺の腹にキスするつもりだったのか!?

 そう。罰ゲームと言っても、こんな風な反応に困るようなものばかりを要求されるのだ。


「さ、さすがにそれは」

「は、速くぅ! してくれないと、部活に行けないでしょぉっ!」


 初夏の日射しを浴び、リリーの猫のような円らな瞳がうっすら金色がかってキラキラ輝く。

 1つしか違わないとは思えないほどの艶に、俺は不覚にもドキドキしてしまう。

 え、これ、しなきゃダメ……?


「……じゃ、じゃあ、いくぞ」

「……っ」


 眼を逸らしたリリーはかすかに頷く。

 俺はゆっくりと顔を近づける。

 やるのか? やるしかないのか!?


「ン……っ」


 俺の息が当たった瞬間、リリーはかすかに声を上擦らせ、ぴくっと身体を反応させる。

 俺は艶めかしい、白いお腹にそっと唇を押し当てた。


「ひぁ……」


 モチッとした柔らかさ、そして人肌の温もりが唇に触れた瞬間、リリーはかすかに息を上擦らせた。


「……………」


 リリーは無言で体操服の裾を下ろす。

 もう白い肌がないというくらい、顔は真っ赤。

 夕日の光が、白い肌を染めているのではない。


「……………」

「……………あ、あの、リリー、大丈夫か――」

「きょ、今日は負けたけど! 次は絶対、あたしが勝つんだからぁぁぁぁ!」


 リリーは叫んだかと思うと、若干、内股気味に教室を出て行った。


 ……………。

 ……………………。

 ……………………………。


「……今の勝負のこと、書くわけにはいかないよなぁ……」


 俺はため息をこぼし、机に軽く額を打ち付けた。

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妹の親友が勝負を挑んできては、罰ゲームをうけたがって困っているんですが……。 魚谷 @URYO

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