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@kizukimasaru

第1話 opening GAMES


浜岡奇跡。

現在22歳独身、須田学園教師一年目にして、一年三組の副担任であり、世界史を担当している。

副担任と言ってもほとんどが担任の補助で、何もしていないのと同じだ。

教師になって早一ヶ月、僕は世界史の授業で使う資料を東館に運んでいる最中だった。

僕みたいな非常勤講師とほとんど変わらないような教師は自らの授業をしっかりと行えるよう、万全の準備をしなければならない。

別段、せねばならないわけではないが、要するに暇なのである。

(うーん、部活動の顧問やってもいいけど……。)

顧問になれば暇な時間は減るが、授業の準備をする時間も減る。

部活動と勉強の両立は生徒だけでなく、教師側も大変なのである。

社会科準備室に着くと隣に空き教室があるのに気づいた。

(こんなところに空き教室が?部活で使うのかな?)

ドアの小窓から見える大きなモニターが気になり、僕は社会科準備室に資料を置き、すぐさま隣の空き教室のドアを開けた。

一番に目を引いたのは大きなプロジェクターとパソコン、しかし普通の教室にあるものといえば黒板と棚ぐらいで、机や椅子は六つほどしか無く、こんなところで授業するとは思えない空間だった。

その中でも窓の側にある棚の上に置いている、真新しい機械が僕の目に止まった。

「……これって……最近、テレビでよく見るVRゴーグルってやつじゃ……。」

「そうだよ。」

いきなり後ろから声をかけられ、驚いた拍子にVRゴーグルを落としそうになった。

「落とさないでね?……それ……結構高いやつだから。」

僕は自分の貯金よりも高いであろうVRゴーグルを震える手で優しく置いた。

「……ごめんごめん、勝手に教室に入っちゃって。今から部活?頑張ってね。」

あまり部外者がいるのは良くないだろうと、僕がそそくさと教室から出ようとした時、彼女は僕の目の前に立ち、僕の行手を阻んだ。

彼女は上目遣いでじっと僕のことを見ていた。

よく見ると整った顔立ちをしている彼女から凝視されると必然的に目を逸らしてしまう。

「ど……どうしたの?」

「……浜岡……奇跡…先生?」

彼女は僕が首から下げている名札を見ながら聞いてきた。

「…あぁうん。そうだけど……。」

彼女は僕の名札の名前の部分を細い指でなぞった。

名札がプラスチックのプレートに挟まれていて良かったと思ったことはこの時ほどない。

彼女は目が悪いのかすごく距離が近い。

「……あの?」

「……センセイって名前、奇跡って言うんだね?」

名前についてはよく聞かれた。

珍しいとか面白いとか色々言われてきたが、この名前は好きでもないし、ましてや誇りになんて思えない。

こんな名前でも人生の中で奇跡なんて起きないこと僕が一番よく知ってる。

「ちわーす、須田先輩来て……。」

目にかかるぐらい髪が長い少年がドアを開け、僕たちの方を見て固まった。

男女がこんなにも近くにいて、しかも教師と生徒である。

勘違いが起きるのは極めて必然的。

僕がどう言い訳するか悩んでいると固まっていた少年は頭を掻くと状況を把握したのかため息をついた。

「須田先輩、近いっス。先生困ってまるっスよ。」

須田と呼ばれた少女はパッと僕から離れた。

「ごめんねセンセイ〜。」

少女は先ほどとは打って変わって、緩い態度で僕に謝ってきた。

「ってあれ?うちのクラスの副担任の先生じゃないっスか?」

少年は背負っていたリュックサックを床に下ろすと、眉間にシワを寄せて近づいてきた。

「え〜、名前、あとちょいなんすけど〜。」

「こちらはね〜、浜岡奇跡センセイだよ〜。」

と得意気に須田が僕を紹介した。

少年は雲が晴れたように明るい笑顔を見せた。

「あ、そうそう!キセキ先生!珍しい名前だったから覚えてたんだ!俺、兵藤しるしです。」

兵藤と名乗った少年は僕の手を握って握手をした。

名前はクラスでも自己紹介をしてもらったが、生徒一人一人の名前を覚えられるわけも無く、兵藤しるしも珍しいので、下の名前だけを覚えていた。

「あ〜、センセイ私自己紹介忘れてたね〜、須田美波ね?よろしく〜。」

本当に先程の氷のようなクールな態度がまるで別人のようにのほほんとした緩いキャラになった。

(うーん、こっちの方が素なのかなぁ?)

「うん、二人ともよろしくね?ところで、二人は何部なの?」

「あ〜、ここはね〜。」

須田が説明しようとするとガターンという鈍い音と共にショート髪にカチューシャを付けた少女が笑顔で勢いよく入ってきた。

「ドーン!大野桃!ただいま見参!」

僕たち三人が唖然としている中、最初に口を出したのは兵藤だった。

「大野、おまえまたそんな登場の仕方したら、雅竜先輩に怒られるぞ?」

「だいじょぶだいじょぶ〜!ドラゴンパイセンに言わなきゃいい話でしょ?」

「じゃあ俺から言っとくよ。」

「やめて!ドラゴン先輩の説教長いの〜!」

兵藤と大野と呼ばれた少女はワイワイと口論を始めたが、須田が二人の間に割り込んでいった。

「まぁまぁ、シルくんも許してやってよ。」

「須田先輩は甘いんです。しっかり言ってやらないと。」

「桃ちゃんも、うちは部費が少ないんだから、あんまり物壊しちゃダメだよ?」

「了解です!スター先輩!」

「桃ちゃん今日部活は?」

「もちろん!抜け出してきました!」

ついていけてない僕をよそに三人で話していたが、大野と僕の目が合った。

「ややっ?あちらの方は?」

「俺のクラスの副担の浜岡奇跡先生。あれ?そういえばなんでこの教室いるんすか?」

(確かになんで部外者の僕がこの教室に入ってるのか気になるよな。)

ましてや兵藤は先程の僕と須田を見ているので、変に誤解されるのは避けたい。

教師を始めて早一ヶ月、まだまだこれからという時に「ロリコンクソ教師」のレッテルだけは死んでも回避しないと、これからの教師生活に支障をきたしかねない。

僕が返答に迷っていると開けっぱなしのドアからひょこっと金髪の少女が顔を出した。

「こんにちは〜。」

金髪の少女が教室に入ると後ろから鋭い眼光を飛ばしている少年が顔を出した。

「アイ先輩!ドラゴン先輩!こんにちは!」

「あら?桃ちゃん、今日は来てるのね?」

「はい!抜け出してきた所存であります!」

人数が増え、和気藹々としてきたところで、僕が抜け出すタイミングを見失ってしまった。

「あら?こちらは?」

「俺のクラスの副担の浜岡奇跡先生っス。」

金髪少女と強面少年は僕の近くに来ると軽く挨拶をした。

「初めまして、帝アイです。二年生です。」

「……月見山雅竜っス。よろしくお願いします。」

「う、うん。よろしくね?」

この部活が何人で活動しているかはわからないが、この子たちは僕が部活を見ていくと思っているのではないか?

暇といえば暇だが、僕にとっては暇な時間は授業をする時間と同じくらい大切な時間なのである。

「とりあえず〜、そろそろ始めよ〜!」

須田の号令で四人は動き出し、棚の上のVRゴーグルを手に持ち、椅子に座った。

「センセイはこっち。」

須田に言われるがまま、僕もVRゴーグルを手に持ち、椅子に座った。

まるで集団面接の会場のように一対四で座らされた。

四人ともすぐにVRゴーグルを装着し、先程までの和気藹々はどこへ言ったのか、教室はしんと静まり返った。

僕が須田の方を見ると、彼女は何を思ったのか僕に向かって微笑んだ。

「大丈夫。センセイは私と一緒だから。」

須田は最初に会った頃と、同じクールな雰囲気で言うと、僕の手に持つVRゴーグルを僕の頭に優しく着けた。

『opening GAMES』

これが僕の先生としての本当の始まりだったのかもしれない。



 

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