第7話 ミーコの武器
反省会を行った翌日。
あるいは、同じ日の夜中。
彼女は兄に顔を見せた。
「……」
兄は驚いた顔をした。
どうした? とでも言いたげだが、何も言わない。
なんでも言ってくれ。
それを態度で示し、妹の言葉を静かに待つ。
妹には深刻な人間恐怖症がある。
それは兄も例外ではなく、声をかけるだけで、強いストレスを与えてしまう。
だから兄は何も言わなかった。
その気遣いを感じ取りながら、妹は呼吸を整える。
それから約五分後。
やっと最初の言葉が声に出た。
「……ご飯、一緒に」
兄は席を立ち、キッチンに向かった。
それから火をつけ、もともと妹の為に用意していた料理を再加熱する。
彼女は兄の反応を見て席に着いた。
そのまま俯き、子供みたいに足を揺らして兄を待つ。
やがて目の前に温かな料理が提供された。
彼女はスプーンを握り締め、掠れた声で「頂きます」と口にする。
玉子とマカロニが交ざったマヨネーズたっぷりのポテトサラダ。
白米と味噌汁からは、一人の時には見られない湯気が出ている。
兄はさらに追加で料理を置いた。
小さな魚、惣菜、そして妹が大好きな甘いココア。
料理の品目は多いけれど、どれも小さい。
それは妹の少ない食事量を元に、しっかりと栄養を考えたメニューだった。
「……」
彼女は何も言わず食事を始めた。
兄も何も言わず、のんびりした様子で紙の本を読み始めた。
本当はノートパソコンを開き、副業に勤しみたい。だが忙しそうな様子を見せれば妹が遠慮をして何も言わないかもしれない。
妹はゆっくりと食事をする。
時たま何か言いたげな様子で兄をチラと見る。
兄はその視線に気が付いていた。
しかし、妹のタイミングに任せ、何も言わなかった。
「……ごちそさま」
一時間後、完食。
兄は本を机に置き、柔らかい笑みを見せた。
「……美味しかった」
とても小さく、ぼそぼそとした声。
もしもミーコを知る者がその声を聞けば、決して同一人物とは思わないであろう。
「そうか。良かった」
兄は返事をした。
妹は俯き、呼吸を整える。
兄は何も言わずに待った。
そして数分後、ようやく会話が始まる。
「……私の、個性って、何、かな?」
兄は顎に手を当て、思考する。
その発言の意図は直ぐに分かった。きっと千人のフォロワーを集める為に、どんなキャラを作るべきか悩んでいる。
この返事はとても重要だ。
確実に、その方向性を決めることになる。
やりたいようにやれば良い。
パッと頭に浮かんだ言葉を呑み込む。それは答えているようで何も答えていない。逃げの言葉だ。
しかし、不用意な発言によって妹の可能性を狭めてしまったら……そんな風に兄が悩んでいると、妹はぽつりと呟いた。
「……やっぱり、無い、よね。
こんなヒキニートに、武器なんて」
とても自虐的な言葉だった。
「……ずっと、逃げてた、だけだから」
「喜怒哀楽とは、共感である」
兄は、妹が始めた自虐を打ち消すようにして言った。
「ヒトは、外界から受けた刺激に共感することで、感情を生む」
とても難しい言い回し。
それを聞いた妹は、ぽかんとした様子で顔を上げた。
今、彼女の思考には空白が生まれている。
それを狙って生み出した兄は、彼女に横顔を向けたまま語りかける。
「そして個性とは、未知である」
「……未知?」
妹は兄の言葉を復唱した。
兄は頷き、やはり横顔を見せたまま言う。
「楽しいことを、楽しいと言えば良い」
今度は、あえて分かりやすい言葉を使った。
「その気持ちは共感を生み、相手を楽しませる」
妹に負荷をかけないように、男性らしい低い声を意識して、ゆっくりと言う。
「しかし、他人の言葉には、必ずズレが生まれる。それが未知であり、個性となる」
「……でも、私は」
「十年間のヒキニートを経験した人なんて、そうは居ない」
兄は初めて妹に顔を向けた。
「個性は未知だ。皆と違うことが、武器になる」
「……私の、武器?」
「そうだ」
「……欠点、じゃなくて?」
「物は言いようだな」
兄は澄ました顔で言って、再び横顔を見せた。
妹はしばらく考えた後、自分に言い聞かせるようにして呟く。
「……個性は、未知。……皆と違うは、武器」
兄は何も言わない。
ただ静かに、彼女のことを信じて、応援していた。
「……ツール」
妹は別の話題を口にする。
「……つく、って?」
「任せろ」
そして翌日。
ミーコは「フォロワー数を見なくても良いSNS運用ツール」を手に入れた。
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