Scene-03 ザ・ブリンク・オブ・ディザスター

 巨大な布に覆われたかのように、空が黄金色に包まれた。

 方向が掴めない。

 海も普通じゃなくなって、白い水――いや、異様に濃い霧か!? とにかく、そんな感じになっている!

 

 オープンシートの飛行機に乗っているのに、風も消えた。

 エンジン音も!

 頬に当たるのは生ぬるくて重い空気だけで、肌を通じてくる振動だけが唯一の感覚だ。

 操縦席の井手上さんすらボヤけてる。

 

 これは、もしかして――


「ニュート、もしかして僕らカドを巡ってない!?」

『ああ、それも凄まじい規模でな! 対抗できるかどうかは分からんが、こっちもカドを巡るぞ!』

「井手上さん、着水!」


 反応はない、聞こえたかどうか――ええい!

 腰のプラトーを引き抜いた。


境界よ、あれテルミヌス=エスト――」


 不可視のカドに切っ先を叩き込んだ。

 プラトーに、あり得ざる方向から《力》がかかる……ぐぐぐぐ!


 ギャリギャリリリ――


 凪いだ黄金空間に黒くぽっかりとした気配が開き、音と振動が戻ってきた。

 プラトーを引き抜くと、ニュートを胸に抱きしめつつ井手上さんへ再び叫ぶ。


「井手上さん、着水!」

「――は、はい!」


 よし、今度こそっ!

 やがて激しい水飛沫が上がり、機体が激しく揺れる。プラトーと相棒を胸に守るようシートへ丸まったところで大きな衝撃がきた。


『特大のカドを巡るぞ、備えろ!』


 相棒の声を遠くに聞きつつ、意識が吹っ飛んだ――






 タシ タシ タシ タシ


『無事か、瑛音!?』

「……」


 相棒が顔の真ん中をネコパンチする感覚で目覚めた。

 ニュートは胸の上……ということは、いつの間にか引っくり返っていたらしい。

 でも身体は濡れてない。

 代わりに妙にゴソゴソしてて……はて?

 

「僕は大丈夫……それで、ここは……」


 うっすら目を開けると、暗い。

 なんか……違和感がすごい。なんだこれ。

 どうなって――


 起き上がると景色が一変していた。

 異様に薄暗い中で見えているのは、天井だ。それもすぐ目の前に。

 

 ??


 首をぐるぐる回して、やっと状況を把握した。

 二段ベッドの上段にいるんだ。

 薄いブランケットが掛かっている。服は外套まで着こんだままで、靴すらも履いてる。

 着崩れなどはない。

 銃と剣も、腰のホルダーに入ったままだ。

 ほっ……


「僕たち、どこかに転移されたのかな」

『だと思うが、記憶の宮殿とは感じが違うように思える。それと井手上がおらん』

「新手ってことか……」


 相棒をフードに入れつつ、そっと床へ降りた。

 部屋を一言でいうと……二段ベッドしか家具がないホテル。ベッド4つをみっちり設置しただけの、小さなタコ部屋だ。

 光源は、丸い窓から漏れる月明かりだけ。

 僕は他人より夜目がずっと効くし、ニュートはもっと効くから、今のところ不自由はない。

 部屋をぐるりと見回した。


「古い映画のセットみたいな部屋だね」

『おそらく船だな。航空機が発達する以前に太平洋や大西洋を横断していた、オーシャンライナーという外洋客船の三等船室あたりに見える。タイタニック号とか、ああいうのだ』

「上下引っ繰り返ってから、最後に浮上する奴だっけ?」

「ちが――わなくもないが違う!」


 ニュートからツッコミのネコパンチ一発。

 あれ、割と本気で言ったのに。

 

「オーシャンライナーってことは、ここは《丹後丸》かな」

『その可能性は高いが』

「井手上さんは何処だろう……あと、蔵人さんも!」

『瑛音、幻視はできるか?』

「待ってて……」


 チク タク チク タク――






「エージェント、ココロセヨー!」


 赤、青、黄、桃、黒――の、小三角。正確には円錐。それが真っ白な空間に、横一列。

 

 まず《幻視》を切った。

 三等船室の真ん中で深呼吸しつつ、ココロする……あ、溜息みたいになったかも。


『??』

 

 ちょっと待ってね、ニュート?

 ええと……よし!



 チク タク チク タク――



『審議中』


 真っ白い空間に、そんな看板が立っている。

 何処に地面が!?


「ええと……どうかしましたか、《イースの大いなる種族》さんたち」


 五人の小三角がくるっと振りかえった。

 こわ――くわないな、うん。とっくに見慣れた皆さんです。


「エージェント、ココロセヨー!」


 台詞は同じだけど、さっきと違ってポーズを取ってる。

 そして停止。

 そこで、ふと気付いた。――あ、リアクションを待ってるのか!


 パチパチパチ!

 拍手!!

 合ってたかな……大丈夫? 大丈夫!


「えーと、それでどうしましたか」

「ココが第一の分水嶺です、エージェントよ」


 赤いのが一歩進み出て、比較的ハッキリとしたイントネーションで喋った。

 彼ら、彼女らは口がないので、合成音なんだけどもね。


「――ここは《時》すら囚われし特異点、ゆえに《幻視》は使えません」

「「「ア~、アー……」」」

 

 憂いを帯びた赤の口調――その後ろで、存在感の強い青、黄、桃、黒のスキャット。

 ああ、これアニメとかで学んだな?

 ああいうのって、大抵のシーンにSEやBGMが付いてるから……って、それはそれとして、ちょーっと待て!


 いま聞き捨てならないこと言いましたね!?


「ここ、僕のチート能力が使えないんですか!?」

「より正確に言うならば、基点を設定できません。行っても、見えるのは常にです」

「「「アーアーアーアァ、ア~!!」」」


 BGMの存在感が強いな……

 それはそれとして!


「そんな、最大の能力が使えないなんて……」


 頭を抱える。

 幻視――ファンタズマリコールは、地味だけど便利な能力だ。助けられたのは一度や二度じゃない。

 それが使えないなんて!


「ほ、他にはどんな制限が……」

「第二段階以降ならば使えますよ」

「良かった、なら初見殺し殺し……は、景貴と清華がいない! ほ、他にはなにか……」

「プラトーなら使えます。それに肉体自体の能力も。そして何より――」

「「「――♪」」」


 BGMのキーがめっちゃ転調した。


「第三段階はまったく影響を受けないでしょう。アレはアレでよい選択であったと思います、エージェント」

「ああ、この前のレベルアップの」


 であってたのか。

 というか、間違ったら詰む可能性がある状況で静観するのは止めて欲しい。


 ――そう言いたかったけど、口をつぐむ。

 相手はホモサピエンスではないので、僕らと本能が違う。感情や感覚、本能に寄るようなことは共有できない。

 何しろ種族が違うから!

 時折イース人のギャグとかが滑るのは、そのせいだろう。


「分かりました、とにかく《丹後丸》の救出を頑張ります」

「ああ、そちらも頑張って下さい。ですが、それよりも――」


 イース人さんたちの言葉とBGMがピタリと止まる。何かに気を取られた?

 異常は僕にもあった。

 タシタシタシタシタシって感触が後ろ頭にきてる。

 ニュートのネコパンチか。

 この感覚だと、いつもと全然違うな……今回は《幻視》を多用しない方がいいかも知れない。


「現実で何かあったようです」

「そのようで――行きなさい、エージェントよ!」

「「「♪」」」


 えーと……出撃BGM?

 だっけ?

 いいんだけどさー!


「あとすいません、さっき何ていいかけたんですか!?」

を!」




 ――そこで《幻視》が切れた。

 最後のは……確か、千駄ヶ谷御殿の事件で関わったカイロン商会の貨物船だったかな。

 でも何処へ行ったかずっと行方不明だった筈だけど……まあ、それよりも!


「どしたの、ニュート?」


 声をかけると、ニュートが声を出すなとのゼスチャーをする。

 猫でもできる範囲でだけど。


「……」

『何か音がする……』


 ギシ、キャリ、キリリ……

 

 何かが軋む音?

 肩に身を乗り出してる相棒を見るけど、心当たりはなさそうだ。


「その前にイース人からご神託あったよ、ここでは僕のチートが封じられるって。ファンタズマリコールは駄目」

『にゃにい!?』

「一応、新しいのだけ使えるみたいだけど。それとイース人の目的だけど、丹後丸ではないっぽい」

『ならば乗員か、積み荷か、あるいは……ああ、もうひとつあるな』

「?」


 ニュートを見る。


『丹後丸以外にも、消えた船があった』

「ああ!」


 ポンと手を打つ。

 

「さっき、イース人にアラート号って言われてさ……りょ、とにかく全部当たってみよう。まずはこの音だけど、どうする?」

『可能な範囲で様子を見に行こう。装備を確認しろ、瑛音』

「うん」

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