Scene-02 ワッチング・ザ・ダイアモンド

 若宮の周りを水上複葉機がフラフラと飛んでいた。

 翼が二階建てになって、さらに翼の下には2つのフロートが付いてる飛行機だ。

 何て情報量が多い!

 乗れるのはふたりぼっちで、機体の胴体部にぽっかり開いただけの座席には覆いがない。オープンカーというか、オープンプレーン。

 推進器もジェットではなく、尖端についたプロペラだ。なんてレトロだ。まさに大正浪漫!

 

「タイムトラベラーになれて初めて良かったって思えたかも知れない……」

『うむ、瑛音にもやっと分かってきたか』

 

 フードのニュートがうむ、と頷く。

 目がしょぼしょぼしてるけど、若宮と、その周りをフラフラと飛んでいくロ号甲型を見ていると疲れが吹き飛ぶなあ。

 操縦してるのは井手上さんだ。飛行は朝から五回目くらいかな。

 横に居た水兵さんスタイルの景貴と清華が、不思議そうな顔をして覗き込んできた。

 

「瑛音さま、あんな古い飛行機が珍しいのですか?」

「うん、明治とか大正を舞台にしたフィクションとかで見たくらいだもの。すごいな、本当に飛べるんだ!」

「すいません、いま大正です」

「あの飛行機は世界大戦にも参加した古強者だそうですよ、瑛音さま」


 景貴と清華にとっても、ロ号は古い飛行機という認識らしい。

 三人で雑談してる間に井手上さん操縦するロ号甲型の一号機が降りてきて、少し危なっかしく着水した。後ろの席にいた海軍のパイロットさんは井手上さんと話しながら紙束に何か書いて渡している。

 感じからして操縦自体に問題は無さそうだ。

 ちなみに航空機ライセンスにはまだ法律の規程がなく、各国とも割とテキトーに決めているらしい。そういう意味で井手上さんは合法……かな、たぶん。


『ふむ、真っ直ぐ飛んで降ろすぐらいなら何とかなりそうだ』

「よかった、なら救出作戦が始められそう」


 井手上さんが持つ、井手上さん専用洗脳アイテムである《レテの書》は、上手く使えばスキルや知識の後付けが可能だ。今回は海で役立つ知識や、飛行機や船の動かし方を追加で覚えてもらっていた。

 代わりにスペルは削除。

 ここはちょーっと悩んだけどね!

 

 削除の代償とするための新たな経験を兼ね、彼女には飛行機の実機訓練をして貰っている。

 偵察にも使う予定だ。

 海上で乗客ごと消失した《丹後丸》救出作戦のね!

 なお、海軍の人は伸び伸びしている。

 地獄のような訓練をサボる恰好の口実ができたと内心喜んでいるっぽい。まあ、給料同じなら楽な方がいいよね、うん。


「ニュート、今回の件だけど……そもそも敵の狙いは何だと思う?」

『分からんが、蔵人を狙った可能性は十分ある。あいつ、オーストラリアやニュージランドの調査で変な物でも拾ったか』

「だよねー、前科あるし!」


 その前科が僕であり、プラトーなのだけれども……ま、それはともかく!

 縄ばしごをひょいひょい降り、内火艇の甲板にひょいっと着地する。

 双子は《若宮》に留守番だ。

 夕べの丹後丸出現地点をグルッと回ってくるだけだし、そもそも二人乗りのロ号甲型には席がない。連れて行けないと《幻視》が第二段階にならないのがちょっと不安かな。

 

 そして、その丹後丸だけど。

 日本郵船という会社が持つ七千トンクラスの貨客船で《若宮》よりずっと大きなサイズになる。

 ぶつかったら沈むのは若宮の方だろう。迂闊に近づけない。

 なので飛行機で空から偵察をすることになったのだけれど、問題はロ号甲型の乗員が二名ってことだ。パイロットの井手上さんと僕だけで、双子を連れて行けない。

 翼が上下二枚もあるんだから、そこに乗れば――と思ったてけど、実際に見たら無理だった。軽量化してるせいか、すっごいヘロヘロなんだもの。

 なので、まずは僕だけで空から偵察!


「じゃあ、行ってくる」

「お気を付けて!」


 甲板の景貴と清華へ軽く手を振ると、海軍のパイロットさんと入れ替わりでロ号甲型一号機に移った。

 操縦席の井手上さんがふんと気合いを入れている。


「井手上さん、まずは接触ポイントへお願い。ついたら幻視する」

「はい、瑛音さま!」

 

 エンジンがかかり、薄い黒煙とともに水上から複葉機が飛び上がった。

 まだ上がりきってない朝日を浴びつつ、昨日の夜に丹後丸とすれ違ったポイントへ急行する。

 オープンな座席なので風が轟々と耳元を切り裂いていく。

 周囲は水平線と空!


「運転が荒くて申し訳ありません、瑛音さま!」

「大丈夫だよ、井手上さん!」

 

 若宮が後ろに小さくなっていく。

 比較するモノがなくなると、まるで止まっているような感覚に陥ってきた。

 風で後ろに引っ張られるような感覚だけが――


「!?」


 ぞわわわっ!!

 背中に異様な感覚を覚え、腰を捻る。

 どうやらニュートも同じらしい。


「ニュート、いま何か感じなかった!?」

『したぞ!』


 井手上さんにコースと速度そのままとゼスチャーし、頭を乗り出して周囲をみる。

 念のため幻視!


「――な、んにも、な……さ、そう?」


 裸眼の青い海と、幻視の灰色の海、どちらにも――異常はない。

 本当? 本当にないか、自分? ないよね……うん、ない!

 大分経った頃にポジションを元に戻した。

 どのくらい進んだかを確認しようとしたけど、水平線と空はそんな情報をくれない。


「ニュート、この飛行機ってどのくらい速度が出るの?」

『フルパワーだと百五十キロくらいだな』

「おっそ!?」

『大正時代の双フロート複座機としては世界水準だぞ、瑛音。フランスのライセンス品だが、機体は中島、エンジンは三菱! 国産化第一号で量産数も多く、航続距離だって七百キロ以上ある傑作機だ。最大でも十五ノット程度の丹後丸を追跡するぐらい軽々とこなすだろう』

「ニュート早口! ちなみに聞くけど、旧支配者の速力は……?」

『我らが初めて測ることになる。余裕があればだがな』


 ですよねー!


「ぶっちゃ、今回の敵はなんだろうね」

『さあて? それを調べるのが我らの仕事となる』

「――瑛音さま、そろそろご指定のポイントへ到達いたします!」

「りょ!」


 前方から声をかけてきた井手上さんに返答して、再び頭を乗り出した。


 チクタク チクタク チクタク チクタク――


 呟きながら幻視を開始する。

 途端に海すら色を失い、灰色の空間に白黒の夜と海が写る。ポツンと見えるのは、昨日の《若宮》か。

 僕もいるはずだけど……


「――昨日を視る限りだと、丹後丸は見えない。もっと遡る」


 チクタク チクタク チクタク チクタク――



 幻視を進めると飛行機が消える。

 当たり前だけど、過去には存在しなかったから!

 

 手の感触を確かめて落ちないように気をつけつつ、視る。

 視て、視る――


 海の旧支配者か、どんなのだろうな。

 怪獣王か、亀か。

 あるいは巨大蛸……でも魔導書には、肩や腰が書かれていることが多いらしい。ということは骨がある可能性もあるか。まさか哺乳類?


「なーんも、なーし……」


 再度、《時》を遡る。

 僕の目の中で西から日が登り、東へ沈む。

 高度は徐々に下がりつつあった。

 これは元々の計画通りで、最後には着水して様子を見ることになっている。


 ロ号は水上機だし、現実の現在は凪ぎなので着水は問題ない。

 もちろん飛び立つのもだ。


 やがて機体が下がりだした。

 下を向いてばかりだったので、腰に手を当てつつ背中を伸ば――の、ば、す……ううう!?


「!?」

 

 に異常があった。

 霧か……いや違う、あれは恐らく《塵》だ。それが大量に集まって、集中して、平面的な何かを構成しようとしている!?


「ニュート不味い、異常は海じゃなくて空――」


 前の時は夜だったし、海と聞いていたから完全ノーマークだった!

 相棒に警告をあげたその瞬間、物凄く切羽詰まった猫パンチが、たしたしたしたし!! と、後ろ頭を叩く。

 あ、現実の現在でも何かあったな!


 大慌てで幻視を解き――解いて――あれ、解けない?

 天空の《何か》が消えてくれない。


「ああ……そうか。現実の……現在でもいるんだ!?」

『瑛音、井手上に警告を!』

「井手上さん、着水!」


 警告が間に合ったか、間に合ってないか、よく分からない。

 塵はガッツリと集まって、まるで窓ガラスの雨垂れみたいに空間を流れていく。まるでだ。ローブのようにも見える。

 それが徐々に大きくなっていく。

 

 ――ってことは、!?

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