Scene-06 汐くぐり

「……!」


 マスク越しに脳天を撃たれたカルネは、失神しかけたようだ。

 三途の川の向こう側から、子供の頃に飼っていた犬に呼ばれているような顔になってる。

 本当に買ってたかは知らないけど。


「銃を拾う隙を与えすぎだよ」


 僕の左手にはウェブリー・リボルバー・マークⅥがあった。

 銃は普通に歩いて拾ってきてる。

 ちなみに銃はどっちの手でも撃てますけど、何か?


『四十五口径でもブチ抜けなかったか、意外に硬い』

「逆に、神話弾だったら効果が高そうかも」

『ふむ?』


 今日は対神話弾がないけどね。

 急だったし。

 仕方がなく通常弾入りの銃をカルネへ向けると、血だらけの両手を広げて天に叫び始めた。


「来い、イプティックども!」


 ゲームかい!

 ブツクサ呟きつつ追撃で三発を叩き込むけど、火花が散ったのみ。

 455弾も駄目とは、硬い鱗だなー


 そうこうしているうちに、トンネルがカドを巡る。

 遠くの方から太鼓を打ち鳴らすような音が聞こえてきた。

 ざざ……ざざ、と波音も響き、磯の香りも漂ってくる。


 やがてトンネル無限回廊が消えて、前後に出口が現れる。

 村側の出口には三つのシルエットがあった。

 あのゴツゴツさ……イプティックたちか。どうやらトンネル塞ぎ要員として来ていた連中らしい。

 しかし筋肉が凄いな!

 全員が極度の興奮状態にあるらしく、激しい鼻息がここまで響いてくる。三人の気配を探っていたニュートが背の毛を軽く逆立てた。


『男、男、女……ってとこか。人気者は辛いな』

「うえー」

「はっはは……行け、イプティックどもよ!」

「オオオ!」


 カルネが割と情けなく逃げていく。

 代わりにイプティック三人が絶叫と共にみちっとかたまり、タックル的なボディスラムをかけてきた。

 まずい、流石にこれは不味いか!

 そのとき後ろからバイク特有のエンジン音が響いた。


『瑛音、トライアンフのエンジン音だ』

「よかった、通じてたか」

「――瑛音さま、景貴さま、清華さま、ご無事ですか!?」


 乗っているのは女学生スタイルの井手上さん!

 彼女はトンネルに突っ込んでくると、バイクのリアを滑らせつつ急停車――しようとしてコケた。ピーと涙目。

 でも、それがフェイントになってくれたようだ。

 イプティックたちが何事かと蹈鞴を踏む。


「――♪」


 喉へ魔力を集中して《ツァン》の声を響かせる。

 セブンの上でずっと目を回していた景貴と清華が、勢いよく目覚めた。

 声の支援効果の一つ、《覚醒》!


「瑛音さま!?」

「援護よろしくー」


 オースチン7に乗ったままの双子が即座に状況を確認し、頷く。

 位置関係はイプティック、僕、双子、井手上さん。


 清華がセブンの座席でモーゼル・レッドナインを肩付けすると、即座に撃つ!

 狙いは頭、腕で防がれると即座に足。

 九ミリルガー弾が、先頭のイプティックに叩き込まれていく。膝や脛を削られ、たまらず倒れこんだ。


 その隙に、景貴が井手上さんへレテの書を渡す。

 彼女が《レテの書》を開くと、ページが怪しく光りだした。

 魔術の発動だ。

 ただ、どのページにするかかなり悩んでて……うーん。


「ゴガッ!」


 こっちに向かってきたイプティックが、組んだ両手を頭上から打ち下ろす。

 プラトーで軌道を反ら――せない、重い!

 代わりに避けると、外れた拳で地面が陥没する。まるでハンマーみたいだ。


 もう一体が景貴たちの方へ行こうとする。

 不味い!

 フードから肩に移ったニュートが、唸りを上げた。


『瑛音、そっちへ行け! ぐるる……うるぉぉっ!!』

「え!?」

「オオオ!?」


 イプティックの平たい額に飛び乗ったニュートが、黒い目をガリっと爪で打つ。

 ニュート、大丈夫!?


 心配しつつもプラトーを振り上る――が、魔力が放散する。

 駄目か、テルミヌス=エストが出せない!

 やっぱりこの連中はイプティックそのものじゃない、かつてはそうだった人間に過ぎないんだ。

 ならば次善の策だ。

 プラトーで後ろから足の脛を全力で打って、斬る!ガインと骨に直接衝撃が伝わった感触が響いた。


「ぶぶ……」


 不機嫌そうに振り返った。

 普通なら痛がると思うんだけどなー


 残り二体も立ち上がり、僕を包囲したカタチになった。

 ありゃ、これ本格的に不味いな。


「瑛音さま!?」


 清華がレッドナインで援護しようとするけど、僕がいて打てない。

 景貴は武器がなく、井手上さんもあわあわ迷い中。

 ついでにニュートも包囲の外だけど、これはいいか。むしろ。

 さーて形勢を逆転する魔術とか秘密装備とかあったかなー


「うーん、ない! 仕方がないから実力だ、チート能力者なめんな!」


 プラトーを両手持ちに切り替え、鋭く打ち下ろす。

 だけど分厚い筋肉を通すには速度も重さも足りない――そう確信していたイプティックの目が、驚愕に見開かれる。


 打ち込んだ剣の切っ先を支点にして大きく飛翔すると、反動を利用して天井まで飛び上がった。


「おおおっ!?」

「――♪」


 同時にツァンの声を響かせ、包囲の上を天地逆さに走る!

 さっきの詰め襟男の真似だけど僕の方がずっと軽いから動きは早く、トリッキーだ。三方を封じていた肉の壁を易々と突破する。


「瑛音さま、決まりました! これで行きます!」

「よろー」


「カラカルの臣下たちミニオンズよ――懲罰バーチ!」


 瞬間、闇が白昼に転じた。

 何もない空間に歪みが生まれ、裂け目から《神性》があふれ出てくる。

 生まれた衝撃の《音》がイプティックたちを直撃した!


 コピー機がフル稼働したときのような匂いがトンネルに充満し、轟音が耳をつんざく。

 バチバチと弾ける《音》がトンネルを縦横!

 三体はそのまま高速回転するミキサーに突っ込まれたように翻弄され、お互いに激しく叩きつけられた。

 最後に一層大きな音が響くと、音は弾けて天井や壁にスパークが走る。




 やがて《音》が止むと、急な静寂が訪れた。

 トンネルは元に戻っている。

 イプティック三体は、真っ黒に焦げになって引っくり返っていた。うっすらと白煙が漂ってる。

 何となくダイナマイト漁というのを思い出した。


 双子は無事――だけど、セブンの上で目を回している。轟音と閃光パカパカがキツかったんだろうな。


 井手上さんはトンネルの入口で棒立ち。

 その手で《レテの書》が再び光った。

 ページから文字が燐光となって宙に溶け、やがて白紙となる。


「大丈夫、井手上さん?」

「はい、だいじょぶですぅ……」


 そういいつつ、目がグルグルしている。

 大丈夫かなー


「そのくらいで済んだのならいいか……戻ってきていいよ、ニュート」

『……』


 だけどニュートは動かず、こちらをじっと見ている。


「どうしたの、ニュート?」

『瑛音……さっき扱った《存在》は本来ああいう姿、カタチをしていない。あれは《歪み》だ。肩代わりにも限界はあるぞ?』


 気付いてたか。

 ツァンの支援効果――っていうとゲームっぽすぎるけど、まあ、そんなの。


「心配してくれて有り難う、でも井手上さんに負担を強いるわけにはいかないしね」


 ニュートがやれやれと猫ため息をつくと、とてとてと足元に戻る。

 足裏を拭けとばかり前脚を一本持ち上げた。


『人道など《魔術》に関係ない――だが、俺はお前のそういう所が好きだ。大事にしてくれ』

「有り難う。僕もそうやって心配してくれるニュートが好きだよ」


 持ち上げると、頬を擦り付けてからニュートがフードに戻る。

 冬場の定位置だ。


「瑛音さま、私がどうかいたしましたでしょうかー」

「大丈夫、何でもないよ。井手上さんはセブンの後ろへ。景貴、井手上さんの代わりにバイクに乗ってくれる?」

「はい!」

「――待て!」


 トンネルの入口にズラリと人が現れる。

 イプティック……というか、枢戸くるると村の住人さんたちだ。

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