ルルイエ浮上前の大正に転生しました、帰りたいです

@HCE

第一話:記憶の祭壇

第一話:記憶の祭壇《1》

 から一年――


 銀行発祥の地と言われる日本橋兜町は、急速に再興が進んでいた。

 でも街は歓楽街ではない。

 真夜中に近い時間、ビル街はシーンと静まりかえっている。

 自分がっ、台無しにっ、してるけど!


「不味い、急がないと!」


 やっぱりフラッシュは不味かったか。

 でも、ないと写らないし……


 ここは破産した元成金からの財産処分を請け負っている、胡散臭い業者のオフィスだった。

 第一次世界大戦――じゃない、二回目は起きてない!

 とにかく世界大戦が終結してから成金が次々に破産し、処分屋の需要が増えたらしい。

 僕はそこへ忍び込んでいた。

 目的は大きな金庫に保管されていた稀書『デ・ウヱルミス・ミステリヰス』、日本語では『妖蛆の秘密』かな。


 読み解けさえすれば、物騒極まりない《力》を手にすることができる。

 できれば、ね!

 本来の所有者はベルギーのプランタン=モレトゥス博物館だけど、戦渦のドサクサで盗まれている。


 持ち込んだ相手はまだ不明。

 それを調べるためも『本』と一緒に書類も持ち帰えろうとしている!

 ぶっちゃけると泥棒なんだけど、依頼だから仕方がない。

 僕の上司はそもそも人間じゃ――とと。

 

 ぞくり! と、きた。


瑛音エイト、気をつけろ……不味い気配がする』

「りょ!」


 背中からかけられた相棒の声に頷くと、書類やカメラ、懐中電灯とかと一緒に『本』を鞄に詰め込んで、無人の廊下へ飛び出した。

 警備員や同業者が来る前に逃げないと。

 廊下の窓に足を掛け、下を覗き込み――再びぞくり! と、きた。


「まずっ……!?」


 足音が響いたわけじゃない、臭いがしたわけでもない。

 何もいない――

 でも、廊下の奥から嫌な感じがした。

 感じ慣れた《神話》の気配が!


「ニュート、掴まっててよ!」


 大正時代にそこまで高い建物はない。

 このビルも四階までしかなく、そのまま窓から飛び降りた。


「よ、ほっ……そらっ!」

 

 装飾や出っ張りに掴まり、蹴飛ばし、百五十センチに満たない全身をフルに使ったパルクールで速度を殺す。

 フード付きの白マントがバタバタと揺れると、腰のホルダーにブッ指した銃と小剣がガチャリと音を立て――よし、鮮やかな着地っ!

 ふふん、伊達に《転生》してないぞ。


 そのまま未舗装の道路を走り出し、向かいの路地に飛び込む。

 ビルの谷間に隠すように停めていた白いオープンカー、オースチン7に乗り込んだ。

 軽乗用車のご先祖みたいな英国車だ。

 大正ではまだ珍しいスターターでエンジンを掛けると、足と手でリズミカルにシフトチェンジ。

 タイヤを軋ませつつ、バックのフルターン!


 チラと周囲に目配せする。

 四階の窓は開いたままで、さっきの気配は――まだ分からない。


「ニュート、さっきのはなに!?」


 車を急発進させながら後ろに声を掛けると、折り畳んだマントのフードから黒い影がひょこっと現れた。

 

 まだ子猫といった体格で、首にはお洒落なタイ付きカラーを付けている。

 猫目で必死に夜を見透かし、鼻を立てて夜風に混じる臭いを嗅ぐ。


『まだ分からんが、追ってきてるのは間違いなさそうだな』


 黒猫が

 とっくに慣れているので、喋ったことについては何とも思わない。むしろ可愛い。世の猫はもっと喋るべきだと思う。


「りょ! 追ってきてるなら、次の十字路まで引きつけてから左カーブで仕掛ける。こういうときのための専用弾!」


 そのままアクセル全開でオースチン7をぶっ飛ばし続け、十字路に飛び込んだ。

 通りすぎるかと思わせ、ステアリングを一度右へ。

 慣性で外側――本当に曲がりたい左の前タイヤが、空間に杭打たれる。

 ステアリングを切り直し、クラッチを踏んづけてシフトダウン――する直前にFRリアドライブの後輪に大パワーをかける!

 クラッチを繋ぎ直すと車体のテールがタイトにシフトし、振りまわされたヘッドライトが夜の街を薙ぎ払う!

 後ろでは、未舗装の道路から盛大な砂埃があがった。

 コンクリートやアスファルトの舗装道路はまだない。貧乏な新興国家だしね!


『瑛音、ドリフト上手くなったな!』

「ありがとー!」


 横殴りの慣性がかかり、その頂点で慣性と摩擦が飽和した。

 相対的な一瞬の静止。

 もし追ってきてる存在があれば、距離が一気に縮まっている筈で――


「いまっ!」


 オープンカーだから屋根はない。

 片手をステアリングから離してマントを跳ね上げる。

 夜に鈍色の閃光が奔った。

 手にしたのはウェブリー・リボルバー・マークⅥ、英軍制式の回転式拳銃だ。


 ズバン! ズバン!!


 重い引き金を、軽々と引き絞る!

 マズルからフラッシュする火花は、鮮やかな翠だ。

 撃った瞬間リボルバーをくるっと回してグリップを逆手に持ち、カーブ最終でステアリングを再び両手!


「当たったかな?」

『駄目だ瑛音、透明な《何か》がまだいるぞ!』

「しつこーい!」


 タイヤがダートをグリップした瞬間、大加速!

 ドリフトによる盛大な騒音で夜の金融街を叩き起こしつつ、オースチン7が弾かれたように加速していく。

 アクセル、シフトチェンジで速度をさらに上げた。

 逃げ切れるか――


『駄目だ、来る!』


 !?

 とっさにステアリングを切り、低い頭を更に下げる。次の瞬間、一瞬前まで頭があった場所を見えない《何か》がなぎ払っていった。


 うぞぞぞ!


『瑛音、前向いてろ!』


 ニュートが飛び出し――ワンテンポおいて閃光!

 鞄から引っ張り出したカメラのフラッシュか。

 電気じゃなく燃焼で光るタイプのだから――あ、シルエット見えた!?

 

 人型の何かが地面に放り出され、吹っ飛ばされる。

 間違いなく化け物だ。

 何か分からないけど、《神話》の存在!


「こお……のっ!」


 ぐぐぐ……タイヤから白煙を曳きながら、どうにかセブンを停める。

 完全に停まりきる前に、そしてシルエットが消えきる前に再び銃を撃った。

 引き金は四回。残弾ぜんぶっ!

 虚空に翠の爆発が起こり、まだ首都高が掛かってない日本橋川に翠の火花が舞い散る。

 一発が何もない空中で炸裂した。

 よし、当たった!

 撃ち尽くした銃を車に放り出すと、奥の手中の《奥の手》である腰のソードホルダーに手をやりつつ、気配を探る――


「いまので逃げたかな……」

『恐らくはな。貴重な《イブン=ガズィの粉》を使った弾丸だし、当たったのならばタダでは済むまい』


 ニュートも同意してくれる。

 ふうと溜息をつき、ホルスターとソードホルダーをマントの下に隠した。

 剣は――《魔剣》は銃以上のとっておきだから、できるなら使わずに済ませたい。


「しかしアレを六発も使って倒せないのか……透明なのは厄介だな。だけど調査の首尾は上々だったし、それで良しとしようか」


 ふうと溜め息をついた瞬間、少し先の川縁に建ってる神殿みたいな洋館の窓に灯りが点った。

 不味い、起こしちゃったか。

 逃げ……ん?

 ニュートが渋い猫顔をしている。


「どうしたの、ニュート?」

『瑛音、やられた』

「え……ああ、鞄が!?」


 後部座席に放り込んでい置いた機材、調査資料、その他重要なのがゴッソリやられてる。

 さっきの一撃、狙いは僕じゃなくて鞄か……

 

 もちろん『本』は無くなっていた。

 妖蛆の秘密が!

 ぐががが、これで今夜の成果はパーだ!

 ただプラスはあった。


「その辺に飛び散ってるのって、血だよね。僕のでもニュートのでも無いから、弾が当たったのは確かか」


 ニュートが血の臭いを嗅ぐ。


『人の血だな……、というべきか』

「透明で、人間が由来。その人間は仲介屋の隠しオフィスを知っていて、先手を取りに来た……心当たりある?」

『推理はもう少し情報を集めてからにしよう。足りなければ、またお前の《能力》を使えばいいさ。それより――』


 川縁の洋館からチラホラ人が飛び出してきた。


『あそこは渋沢栄一の屋敷か。これ以上、翁に迷惑をかける前に逃げろ!』

「なつかしーな。その人の屋敷跡とか、移動教室で回ったよ……令和で!」


 再びセブンのエンジンを掛ける。


『まだ生きてるから、サイン貰いたいなら魔術結社に頼め』

「サインって、ああ……確か、仮面ライダーの人だっけ? 配信で全部みた――あれ?」

『令和の話だろう、それ。いまは大正時代だぞ、!』

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