第69話 vs  白金


 太郎はトランクルームを通じて、支店の基から外へ出た。打ち合わせ通り、城門前の広場だ。既に白金は臨戦態勢に入っている。太郎は腕に変装用の腕輪をはめて、出てきている。


「もう、近いのか」

白金が頷く。

「宿の裏から出てきた時点で、すでに把握されていたかと」



「やあやあ、タロウくん。恐れ入ったよ」

城門前の広場の入り口に、サイザワさんがやって来た。夕方にはまだ早い時間だが、王都の城門前の広場だ。


さっきまで、それなりの人影があったように思う。だが、今はここには3人しか居ない。サイザワさんが結界を張ったのだろう。それとも位相を変えたのか?


此処にいたはずの人達がどうなったのかは判らないが、今はこの広い空間に3人だけが存在している。


「お人好しのタロウくん。正直、君に裏をかかれるとは、思ってもいなかった。

トランクルームが結界内でも作動するとは思いもしなかった。

盲点だったよ。普通は括ってしまうんだけどね。

私の結界では、収納魔法も形無しなんだけどな。


君の逃げ足の速さも侮っていたんだね。此処までひとっ飛びなんて。王都の宿屋に基点を残したままだったとは、見くびっていたようだ。

そういう大事なこと、言ってくれなかったんだ。水くさいね。


しかも、トランクルームって人も収納できたなんて。ホント、恐れ入るね。君のそのスキル、ぶっ壊れすぎるよ。細かな機能までが把握できなかったのは、残念だ。


3人を収納したんでしょう。会わせて貰えないかな」

「どうして、こんなに直ぐにここにいるって判ったんですか」


「あれ、判ってなかったの?  腕輪だよ。トランクルームって凄いね。トランクルームにいた君がここでシロガネくんと会うまで、一切判らなかった。でも、きっと王都だと思っていたから、急いできたんだ」


急いでって、馬車であと6,7日は掛かる距離を一気に来たこの人には言われたくないよな、それにこの人はなんて嬉しそうにしているのだろう。太郎は正直気味が悪かった。変装用の腕輪をその場で投げ捨てた。


「察するに、シロガネくんがさっき置いたその黒い円盤みたいなのが、逃げ足の基かな」

太郎達の足下にある支店の基を指さした。その途端、支店の基は粉々に砕けた。本来ならば、太郎達以外は認識できないはずのものなのに。


「一度認識できれば、後はね、判るんだよ。どこかに逃げられると困るのでね。ごめんねぇ」

何かをしたという雰囲気では無かった。というか、アレ、壊れるんだと思う反面、軽々とそんなことをしてみせる彼女に心底恐怖を感じた。


「宿屋の裏に残しておいたんだね。それを通じて、国外逃亡を謀ったの? もう一つの出入り口がユセンだったのかな。直ぐに王都からユセンに行かれたら、それは追いつけないよね」

うんうんと彼女は1人頷いている。


「今度は、逃がしたくないな。

王都の方に来てくれて良かったよ。アンソフィータだと色々と面倒くさくなるからね。


ここまで来たんだ。一緒に来てくれるよね。このまま召喚の間まで行こうか。勇者を連れて。お望みとあれば、正面から行っても良いよ。

あ、それとも、君は召喚の間に行ける? ここに出てきたってことは、行けないんだよね。だって、君も帰りたいんだろう。


司教が結界を張っているらしいけど、私も結界を張っておいた。結界の中から外へは逃げられちゃったけど、普通に考えれば、結界の外から中に入るのは難儀だよね。


ここで逃げても、このままだと召喚の間には入れないよ」

愉しそうに、サイザワさんは言う。


 白金は剣を抜いて太郎の前に立った。


「あらあら、あるじ思いなんだね。確かに私を倒せば、結界が解けるから召喚の間に入れるね」


頬に手を当て、優雅に微笑む姿だけみれば、貴婦人だろう。人は見た目だけでは判らないものだ、と場違いにも思える感想が太郎の中に過る。


結末がわかっていたとしても、白金の取る選択は一つだ。サイザワさんを2歩下がらせた。それが全てだ。剣を抜いて挑んだが、結果は自身が胴から真っ二つとなった。血などは流れない。そのまま、動かなくなった。まるで起動停止したようだ。


「白金! 」

太郎の叫びに答えはない。真っ二つになったそれは、ピクリとも動かない。

少し面白くなさそうに、

「シロガネくんも、この程度か、つまらないな」


太郎よりも哀しげな表情でサイザワさんが呟いた。

「まあ、挑んでくれるだけ頼もしいかな」


城門前の広場入り口に彼女は立ったままだ。かすり傷一つ付いていない。彼女に向かっていった白金は、胴体から真っ二つにされた。あまりの力の差、太郎は足が震えて数歩下がった。


「いつから、いつから私が怪しいと気が付いたんだい? 」

ワクワクと嬉しそうに、サイザワさんが問うてきた。


「いや、確信したのは馬車の中ですよ。ただ、不思議だなと思っていたことは幾つもあったんです。だから、出来る事はしておこうと」


最初に会った時は、足が悪いのでポーターを頼んでいた。でも、本当はどこも悪くなかった。ポーターを頼むために、足が悪いフリをした?

でもこれは、弱者に見せかけるため、偶然だったのかも。


テネブリスが簡単に捉えられたことも不思議だった。簡単に捕まってしまうような男が、どうやってサイザワさんから封印の指輪を盗めたのだろう。本当に、油断したんだろうか、このサイザワさんが。


サイザワさんの情報網は、優秀だった。それなのに、何故、テネブリスの情報は掴めなかったのだろう。魔王の象徴である封印の指輪を見つけなければならないのに。


何故スフェノファにサイザワさんはいたのだろう。邪教徒とテネブリスが組んでいるにせよ、封印の指輪を使う場所はまずはアンソフィータのハズだ。


スフェノファにサイザワさんがいたのは、勇者が召喚されるよりも前だった。でも、彼女にとっては、勇者召喚の重要性が高いとは思えない。


それならば、アンソフィータの方を優先的に探さないか?

しかも、サイザワさんは暴きみる眼を持っていると言っていた。その眼で、邪神の書のある場所を探し出せなかったんだろうか。


ダチュラに来たのは、太郎の噂からだというのも、変だろう。召喚の陣を収納できそうという話ではないし、太郎を探す理由もない。


理由があるとすれば、彼が召喚された者だからという理由だが、それは重要な事なのだろうか。


勇者はすでに彼女の手の中だ。巻き込まれにすぎない太郎に拘る理由はない。


それに、彼女の最優先は封印の指輪のハズだ。その情報が最優先されないのは、おかしい。


疑問は、彼方此方あちらこちらに散らばっていた。それでも、太郎は信じたいとは、思っていたのだ。


サイザワさんが、自分が戦いたいがために、邪神を召喚するような事はしないと。そこまで戦闘狂いバトルジャンキーなんかじゃないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る