第63話 束の間の日常
太郎は最初のトランクルーム、滞在型トランクルームを通じて総ての支店で出入りが出来る。残念ながら、ダンジョンの場合は位相が違うのか、一度はダンジョンのその場所まで出向いて、太郎自らが支店を展開しなければならない。
太郎が許可した人は、トランクルームを通じて、やはり支店の出入りができる。滞在型トランクルームに入れるわけではない。繋がっている扉を認識することができ、そこから出入りできるのだ。だが、出発点の店から外へは出られるが、別の支店を通じて外へは出られない。
前のシルヴァのように、ダンジョン支店から入っている場合は、ギルド本店には行けるが、ギルド本店からは出られない。だから、ギルドの受付には行けなかった。
支店長の任命を受けた現在のシルヴァは、太郎と同じように行き来が出来るようになった。そうは言っても滞在型に無断で入れるわけではない。
あそこは、太郎の占有スペースだ。それから、素振りなどの稽古はギルド本店の裏庭で行うようになったので、ダンジョン支店の外には出なくなった。
イサオ達3人には許可を出し、トランクルームを通じて店の行き来をできるようにしている。本店以外、支店の外には出られないことも周知させているし、実際に出ても外に出られなかったので、支店とはお客さんは入れても、別の店に行くことは出来ない。
自分達も店には別の店に行けても、入ってきた店の外にしか出られないモノだと認識している。
「なんか、すごい魔導具ですね」
と感心しきりだった。勇者たち3人には、支店についてトランクルームの力だとは言っていない。店はギルドの間借りだと言ってあるので、こういう魔道具があるのだと思っているためだ。
実は、殆どの人間がそう思っていることでもあった。ただ、ギルドの一部の人間は、その魔道具の開発と所有が太郎だと思っているのだ。本当のことを知っているのは、ギルドマスターとシムルヴィーベレぐらいだ。
太郎は、始めは相手が高校生ということで、どう接したら良いかとか悩んでいた。
だが、ここに来てからの苦労話をお互いにした後は、あまりそんなことは気にならなくなった。年は離れているが、同郷というよしみ、と言うよりも同病相憐かも知れない。
アルバイトの仕事として、ユナはダンジョン支店に行っている。
治癒が出来ると言うことで、「臨時開設 治癒院」という看板を掛けて、ダンジョンに訪れる探索者の怪我などの治療をすることにした。意外と治療に来る人がいて、毎日仕事に精を出している。治療の仕事がなければ、支店の仕事を手伝っている。
「可愛い女の子に、治療して欲しいからって人もいると思う」
とは、ユナ談だ。それで白金が、ユナに下心丸出しで近づくと店の外へ放り出されるように設定した。お陰で安心して治療に専念できているそうだ。
今のところ、放り出された人はいないのだが。
探索者にも好みはあるだろう。
ここに来た最初は緊張していたようだが、今では地金が出ている。
ギルドでは、子供好きなのかニルやセピウムと大笑いしていたり、喫茶室でオリクの作ったお菓子に舌鼓をうったりしている。
治療院で稼いだお金は20%は場所代で貸倉庫屋部門に納金しているが、それ以外はみな彼女のものになっているので、結構稼いでいるようだ。ギルドの受付嬢とも仲良くなり、一緒に買い物とかに出かけて洋服などを新調している。
イサオとケンジと白金を連れて、太郎はまたもやダンジョンに行くことになった。20層に支店を展開するためだ。さすが勇者と賢者だけあって、太郎が戦えなくても、全く問題がなかった。因みに11層から15層のアンデッドにはキノコは全く通用しなかった。その下層の魔物にも通用せず、虫系のみの可能性が高い。
まあ、アンデッドにキノコが生えたとしても、食べたくない気もする。
太郎を除く3人は、戦闘能力は高くダンジョンの20層に問題なく到達して、ダンジョン2号店が開店した。
「なんで、太郎さんはそんなに弱いんですか? 」
イサオは不思議そうにそう言った。
「いや、君らと一緒にはならんだろう。俺のスキルはトランクルームだぞ! 戦う系じゃないんだって」
「でも、白金さんは強いですよね」
ケンジも不思議に思っているようだ。
「私は、太郎の護衛も兼ねていますから」
白金は、飄々とそう言った。
それから、虫系の魔物が跋扈するダンジョンを聞き出して、キノコ狩りにもいそしんでいる。ユナも誘ったが、丁重に断られた。
どうも、虫系の魔物の居るところ、キノコ有りという様相だった。人の目に触れぬように気をつけて、キノコの入ったトランクルームに、ケンジ達に生け捕りにしてもらったイモムシやカブトムシなどを放り込んでもらった。
「君等、虫は平気なのかな? 」
「平気でもないですけど。魔物だし。キノコ美味いし」
嬉しそうに、イサオは言う。
トランクルームは実験用に最小型を2つ用意してある。一つは冬虫夏草をいれた部屋、もう一つは普通のキノコをいれた部屋だ。太郎はウキウキで結果を待っている。
「冬虫夏草、美味いですよね」
ケンジもキノコは好きらしい。
彼等も太郎の秘密の実験に協力したので、割と懐具合は暖かい。
太郎は仕事の合間を見て、ダンジョン産の植物などを採取して、何か色々とやっている。それをみてケンジが聞いてきた。薬師ギルドで仕入れた本や道具を使って、薬の調合などにチャレンジしていると太郎が答えると、
「太郎さんて、向こうでは仕事は何をしてたんですか」
「製薬会社の研究員てとこかな。でも、研究ばかりやればいいっていうものでもなくてね」
「ブラックだったんですか」
「いや、そんな事はないよ。残業代も出たし、休みもちゃんとあるよ。ただ、仕事ってさ、自分のやりたい事ばかりじゃないから」
太郎は苦笑いした。大学院にいた頃は、毎日自分の研究の事だけ考えていればよかった。先輩に誘われて、あの会社に就職した。研究三昧が続くかと思ったけど、小さな会社だったためか、色んな仕事をこなしていかなければならない。そんなものか、と日々を送っていた。
「戻っても、時間が過ぎてたら間違いなくクビになってるよなあ」
「僕らも、学校どうなるのかな」
「まあ、何とかなるでしょう。人間万事塞翁が馬っていうし」
先日、サイザワさんが貸倉庫屋に顔を出した。やはり、色々と報告するために一度グネトフィータに帰国するそうだ。すぐ戻る予定だと言い、それまでは3人をこのまま太郎に預けさせてくれと、お願いされた。
「勿論、良いですよ。3人とも色々と仕事を手伝ってくれているので、助かってます」
「それは良かった」
サイザワさんが帰ってきたら、スフェノファへ向かうことになる。
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