第53話 トランクルームの噂
ダンジョンの入り口で、ダリアは一息ついた。極力魔物とは戦わず、ひたすら入り口を目指してきた。
太郎が来たときは、1泊して10層に行っていたが、有能な探索者であれば、半日もあれば抜けられる。そう考えれば、ダリアもそれなりの能力を持っているのだろう。
ダンジョンでの通信機器の類は利用できないことから、ダリアはダチュラからの応援は無いはずだと考えていた。しかも、あの魔香石は量からすれば数層分は軽く届くはず。細かく割れすぎたので、消費が早いかも知れないのが残念だ。
あの匂いは魔物を呼びよせ、凶暴化させる。それによって、階層をまたいで魔物が狂乱し、スタンピードが起こるはずだ。残念なのは、さほど深い魔物をおびき出せなさそうだということだ。このくらいの規模ならば、探索者が多いダチュラでは対処出来る可能性が高い。
(まあ、それでも街を混乱させるのには足りるだろうさ。ドラゴンゾンビぐらいは上がってきそうだし)
早めにダチュラに戻り、次の手を打とうと気持ちを切り替えた。
街まで戻るために隠しておいたバイクに跨がり、エンジンをかけようとした、その時。
「追いつきました」
背後から声がし、バイクのタイヤが破裂した。
凄みのある笑みを浮かべ、白金が立っていた。
「解決したと仰るならば、こういう輩は、抑えておいていただかないと。そうお伝えください。面倒事の元になり、困りますので」
白金はぐるぐる巻きにしたダリアを、役場に持ってきていた。
彼女の管轄は領主になるはずだと、こちらに担いできたのだ。彼女を連れてトランクルームを利用するつもりはないので、ダンジョンから担いできた。
連絡を受けて、ダリアは領兵に引っ張られていった。勿論、猿轡で口はきけなくしてある。
「彼女の言葉には強制力があります。猿轡を取らないように。また逃げられますよ」
一言、言い残して直ぐにダンジョンに戻っていった。
ダンジョンでは、3匹目のドラゴンゾンビを収納し終えた太郎がいた。顔色が良くない。側に山積みになっている魔晶石と彼の姿を見て白金は何が起きているのかを察した。
直ぐに魔晶石の山に行き、それに手を置いた。すると、魔晶石が一瞬輝いて消えた。
「すみません。ダンジョンでは
「すまない。よろしく頼む」
フニャっと笑って顔色の悪い太郎が倒れた。周囲は慌てたが、
「大丈夫です。私が引き継げます。クローク、太郎を寝室に」
側に控えていたクロークは、寝ている太郎をお姫様抱っこをして抱えた。ちょっと呆気に取られている周りだったが、シルヴァが
「俺も手伝う。ドア開けられないだろう」
とクロークの後ろについていった。
「さて、」
設定パネルの変更を何やらしていた白金が、周辺にいる探索者に向かって
「皆さん、太郎が押さえているのもどうやら限界のようです。数をセーブしながら、徐々に魔物を此処から出しますので、処分していただけませんか? 」
と提案をした。彼等はそのために来たのであり、下層の魔物に対応できる者たちばかりだ。
「望むところだ」
太郎が目覚めると、自分のベッドだった。起き上がると、まだ体がだるい。
「マスター、目が覚めましたか? 」
そこへ白金が入ってきた。
「具合は、いかがですか? 」
心配そうに顔を覗き込む。ぼおっとしていた意識が、次第にはっきりしだした。
「どうなった? 」
「終わりました。魔物は外へ溢れないですみました。こちらは、問題ありません」
ホッとしたように、一息つき
「そうか、良かった」
「ただ、」
白金が続ける。
「ちょっと、今は面倒臭くなっています。しばらくの間、死にかけているとして、寝込んでいてもらえませんか」
「はい? 」
あれから、3日経っているという。落ち着いてきて、太郎のトランクルームの話であちらこちらが騒がしいらしい。多くの魔物を収納したその能力を、手っ取り早く言えば利用したい連中が、湧いたらしい。
「あの能力は貸出できない事は、納得してもらえたんです。今回はダンジョンの入り口とトランクルームの入り口を合わせられたことでできた、とても運がよい状態だっただけであり、通常では魔物を収納するのは、難しいという点は説明したのですが。それならマスター自身を利用したいと、言い出す始末で」
表現はもっとオブラートに包んだ感じではあるものの、結局はそういう話だ。
「それで、あれはかなり無理をした形で、もう無理だと。マスターは死にかけているという話にしました。それに、トランクルームも修復しなければならない状態で、もう一度同じ事はできないと伝えてあります」
顔色を悪くして崩れ落ち、運ばれるさまを何人もの探索者が見ていた。また、スキルによっては、過剰な使い方によって能力が下がる場合があることも知られている。
加えて、ギルドマスターは、太郎の擁護に回ってくれている。太郎はいつの間にか正式な職員になっていた。探索ギルド内では、押さえ込みはきいているようだ。白金の言い分を全面に出して、周囲に伝えてくれているという。
「ですから、3ヶ月ほど、寝ててください。
噂などが収まらないようなら、別の手を考えましょう。
まあ、此処まで入ってこれる人はいませんから、トランクルームの中に居ていただければ、構いません」
ドラゴンゾンビが収納、討伐できた件については、あの時周囲に居た探索者達には伝わっていなかったらしい。洞窟近くにいたのは太郎とクロークとシルヴァぐらいだった。
魔物が出てきた時のために、洞窟から離れていた支店に皆待機していたためだ。太郎が倒れたのは、維持し続けた負担のためだと思われている。
ダリアが割った魔香石の大きさを知っているのは、太郎とシルヴァだけだ。大きければ、より深く、より大物を呼び寄せる。今回、出現が最も心配されたドラゴンゾンビは出てこなかった。だから、そんなものだったのだろうと、思われている。
ギルドが大々的に動いたのは、念の為であったが、結局はトランクルームでも最後は抑えきれなかったのだから、その対処は評価されるべきものだ。
出てきた魔物はその場に派遣された探索者達によって討伐されたので無事に済んだ。冷静に考えれば、トランクルームの力は実はそれほどすごい事でもなかったのでは、という話になってきた。
ギルドマスターは頑張ってくれた。
支店に積み込まれていた魔晶石は、現在総てトランクルームの方へ移してある。後々、トランクルームの燃料にすればよい。表にでなければ、誰にも把握されない。
シルヴァに根掘り葉掘り聞こうとした連中もいたらしいのだが、彼に会うには、ダンジョンに行く必要がある。
彼はダンジョンの店のみに顔を出していた。店は悪意のある人間は入ることは出来ない。白金が調整し、太郎のことを聞き出そうとする連中ははじいて入れないようにした。
クロークは太郎の従魔だ。余計なことは、何をされても一切話すことはない。
そうして、徐々にその興奮も冷めていき、日常に戻っていった。
太郎がトランクルームから出てきた頃には、
「大変だったね」
と労われるぐらいで、噂などは沈静化していた。
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