第43話 ブレディア・シルヴァという男
ブレディア・シルヴァは荒れていた。酒場の隅で、一人で杯を空けていた。
亡くなった母は、どこかぼんやりした人だった。彼を慈しみ、女手一つで育ててくれたが、過去の記憶が無いと言っていた。
「この街に来る前のことはあまり覚えていないの」
子供の頃、学園に通っていた頃、ぽつり、ぽつりとわずかな記憶だけしかないと。
「ごめんなさいね。貴方の父親のことも覚えていないの。ただ、いい人だったのだと思うわ。だって、貴方はこんなに良い子なんだもの」
そう言ってほんわかと笑う母に、それ以上は何も聞けなかった。
一体母に何があったのだろう、シルヴァは穏やかな母を見ながら考えていた。
そんな元気な母は、急に倒れてそのまま帰らぬ人となった。急なことでオロオロしていた息子だったが、近所の人達が算段してくれて母の葬儀を執り行うことができた。
その母親の葬儀の時に、一人の女性が訪ねてきた。なんでも母の古くからの知り合いだという。母は街で小さな店をまかされて雇われ店長をしていたが、そこの取引先の一つでもあったとか。
彼の知らない、昔の母の話を色々と聞いた。
「貴方の父親は、ブレディアさんに辛く当たってね。それで彼女は出奔してしまったの。前から知り合いだったので、彼女にこの街で仕事をするのに協力したのよ」
シルヴァは、彼女から自分の父親についての話を初めて聞いた。母親は昔のことは辛すぎで記憶喪失ということにしていたと、彼女が話してくれた。
「何か、父親に繋がる物があったんではなくて。確か、証拠としてしまっておいた物があったはずよ」
母が亡くなったあと、出てきたものがあった。父から母へ宛てた手紙と、男物のカフスだった。それを見た彼女は、シルヴァがその男の子供だと言うことの証明に役立つだろう、と言った。
「貴方の父親は、ダチュラでそれなりの資産家なの。貴方には彼の資産を受け継ぐ正当な権利があるわ。ダチュラに行ってみない? 力を貸すわ。お母さんの敵討ちをしましょう」
話を聞いて、直ぐに仕事を辞めて支度を調えた。そして、ダチュラに来たのだが、すでに父親は死んでいた。街で彼の話を聞くと、変わり者の慈善家だとかいう話だった。ちょっと偏屈だったというが、知っている人達で彼のことを悪く言う人は居なかった。
母は、父に虐げられていたんですよね、そう言うと、
「外面は良かったよ。外にいい顔をする鬱憤を貴方のお母さんで晴らしていたの。良く青痣ができていたわ」
そういうものなのか、とシルヴァは思った。その後、父親の遺産相続人であるというクレナータと話をしたが、遺産も家も何もかもが既に領主管理になっていると告げられた。
クレナータには「待っていてくれ」とは言われたが、
「有耶無耶にされないように気をつけて。一切、引いては駄目よ」
と注意をうけた。父親が残したクレナータの家は元々母の実家で、母はあの家にクレナータが住んでいるのが苦痛だと彼女に訴えていたという。
加えて、母の親戚の人があの土地を取り戻したがっているという話も聞いた。だから、もし土地の権利が手に入ったならば、売ってあげて欲しいと言われた。
母の実家だったという場所が、孤児院になっていると知ったときは随分と驚いた。しかも、父親が生きているときから孤児院にしているとは。自分の中で聞いていた父親像が、上手く繋がらなかった。母が逃げ出すほど虐げた男、ひどい男のはずではないのか? それともそんなにも外面だけは良かったのか? 外面だけで、孤児院は営まないだろう?
「きっと、それほど貴方のお母さんに執着していたのね。貴方のお母さんの土地を手放したくないほどに」
母の知り合いの女性に現状を話すと、そう言われた。
「執着? 」
「ええ。あの土地に自分が住むことで、他の人の手に渡らないようにすることで、自分の知られたくない側面を知っている貴方のお母さんに、自分の事を話すなって、きっと脅していたんだわ」
「え、でも。それは何か違うような…」
「きっと、そうよ。そうでしょう」
「ああ。そうですね。貴方の仰るとおりなんですね。でも、今は孤児院になっているそうですから、そのままでもいいんじゃないでしょうか」
「それでは、貴方のお母さんの無念は晴らせないわ。そうね、孤児達が居なくなればいいのではないかしら。そうなれば、孤児院は続けられないわ。そうすれば、お母さんの家を取り戻せるかも知れないでしょう」
「そうですね。交渉してみます」
あの家を何度か遠巻きにしてみていた。母の実家だったという古い家。そこに出入りする子供達の顔も覚えた。ろくでなしだという父親が作った孤児院に住む子供達は、よく笑っていた。
探索ギルドで、クレナータの家の孤児を何度か見かけた。仕事ができるなら、あの家にいなくたっていいじゃないかと思った。ようやく、自分の父親がわかったというのに、そいつは死んでいた。手に入れなければならない遺産は中々手に入らない。父親のことを教えてくれた人は、色々と助言をくれるけれど。あまり上手くいかないので、イライラがつのっていく。この頃はいつも頭が痛い。
母が死んでから、頭のどこかがぼうっとしている気がする。これもそれもみな、自分の父親だった男やクレナータが悪いのだ。きっとそうだ。
「漸く、見つけました」
男が近くに来ると、そう声をかけてきた。顔をみると、あのクレナータの家の子供を庇った奴だ。
「なんだ、あんたは」
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