第34話 新商品 肉まん
太郎がニル達と出かけたその日に、アルブム達が帰ってきた。そんなこともあろうかと、貸倉庫屋の受付には白金が待機していた。
「なんで、タロウが居ないんだ! 肉まんを食べるのをどれだけ楽しみにしてたと思う! 裏切り者~」
ムスティが血の涙を流して(大げさ)、叫んでいた。ニッコリ笑った白金が、喫茶室に行くことを勧めた。アルブムがガッカリしたムスティを引張って連れて行くと、
喫茶室のマスターが
「タロウから聞いてるぜ。うちの新しいメニューだ。感想を聞かせてくれ」
とムスティの前に山盛りの肉まんを出してきた。それぞれ饅頭の上に焼印が押されていて、印毎に味が違うという。いつもは、一種類の肉まんだが、自分が留守中にムスティが帰ってきたら蒸かして出してくれと、太郎が頼んでいったものだ。商品にはなっていない色々なバージョンをあらかじめ作っておいたのだ。
その中に、醤油を使ったモノもある。輸入雑貨屋でグネトフィータ産の醤油を見つけた太郎は、醤油を使った角煮の肉まんも作っておいた。沢山はないので、ムスティ用にとマスターに頼んでおいた。
その肉まん達を頬張りながら、ムスティはマスターと肉まん談義で盛り上がっていた。
そこへ
「なんだ、その白いのの山は? 」
彼ら四人もダンジョンの探索から戻ってきたのだ。
「そうか、お前らは知らないんだよな。タロウの有能性は貸倉庫だけじゃないのさ。太郎の作った肉まんは美味いぞ。これはオレのための特別なものだからやらんが」
ムスティがホクホク顔で答える。
「お前って、そういう奴だったか? 」
「ふん。なんとでも言え。これだけは、譲らん」
「そう言われるとな、欲しくなるもんだ」
ステラカエリの虎の獣族であるティーガルが手を伸ばし、皿から一つ拝借しようとしたが、ムスティに防がれた。ムスティは斥候職でかなり素早い。二人は無言の攻防戦を繰り広げている。能力の無駄遣いである。
「お前さん方、この店の新商品だよ。注文しろよ、出すからよ」
マスターは、苦り切った物言いをしながら笑っている。二人を無視して、他の連中はものは試しと注文しだした。
子供のようでいて高度なやり取りを繰り広げているムスティ達を眺めながら、少し離れた席からカアトスとレプスはコーヒーを飲んでいた。マスターはコーヒーや紅茶を入れるのにこだわりがあるのだ。そこへステラカエリの女性陣のアイリスとラーナも加わった。
「まったく、子供じゃないんだから。いつもじゃれ合って」
四人の元へ、オリクとロータがやって来た。彼らは太郎からお菓子や肉まんの作り方を習って、今は喫茶室で仕事をしている。
「カアトスさんとレプスさんですよね。タロウさんから、お二人が来たら提供して欲しいと頼まれていました。もしよかったら、アイリスさんとラーナさんも召し上がってください」
女性陣には、生クリームたっぷりのシフォンケーキとマドレーヌが提供された。シムルヴィーベレとステラカエリはダチュラをホームとする金級パーティーなので、そのメンバーの名はよく知られている。
オリクはお菓子作りの才能があったのか、あっと言う間に喫茶室のパティシエとして納まっている。肉まんを始めとした軽食については、ロータが担当している。もともとクレナータの家では家事などは順番に担当していたのだが、料理が好きな二人が作ることが多かった。それもあって太郎に料理を習いだし、喫茶室を紹介されたのだ。
それで現在は商業ギルドのお使い業から、喫茶室の料理人へとシフトしている。
これまで喫茶室は、打ち合わせのための場所として存在していた。だから出てくるのは、飲み物とサンドイッチぐらいだった。食事をとるなら外にいくらでも店があるし、外の店だと酒も飲めるからだ。騒動の元になるとして、昼間はギルド内では飲酒厳禁になっているため、付属しているのが喫茶室となっている。
喫茶室になっているこの場所は実は非常時に使う場所である。日常では机と椅子だけを並べた状態で、簡単な打ち合わせや職員のお昼のお弁当を食べる場所として使用されているのだ。
それが、太郎のお菓子が提供されたことで、休憩時間に職員が利用することが増え、打ち合わせ以外でも利用されるようになった。打ち合わせなどで利用した依頼人にも好評で、区画を少し拡げてテーブル席も増やし、テラス席もできた。外のテラス席は、ギルドに関係のない人などが利用している。仕事が拡張され人員募集がかかり、二人が採用された。
「皆さんは、甘い物もお好きだと聞いています。よろしければ是非、感想を聞かせていただけませんか。何か改良点とかあれば、教えて下さい」
四人は大喜びで甘味に舌鼓を打つ。他にどんなお菓子が加わったのか、オリクに色々と聞き出している。
流れに乗り遅れたかに見えたヴルペスは、いつの間にかハッシュドポテトを食べてご満悦だ。これも新メニューで加わっていた。彼は無口なので、存在感が薄いと思われがちだがこういう所は抜け目がない。
そんな皆を半ばあきれながら、眺めていたアルブムはステラカエリのリーダーであるセラサスに声をかけられた。
「どうだった、今回は? 」
「ああ、思った以上に色々とできたし、稼げたな」
「お前のところはどうだったんだ? 」
「ああ。今回は少々トラブルもあってな。
「何があったんだ? 」
セラサス達は、氷結のダンジョン踏破に向かっていた。氷原をひたすら進むダンジョンだ。物資の問題で二の足を踏んでいたのを今回チャレンジしたのだという。ダンジョンは
「まあ、食料はなんとかなるんだがな。外に出て狩りでもすりゃ肉は手に入る。運が良ければ、中でもドロップする場合もある。でも薬品や備品関係は、どうしてもな」
「贅沢な望みだが、ダンジョンの入り口とかダンジョン内に店とかあって、場合によっては補給できたら良いのにな」
「ああ、そうだな。魔晶石やなんかと引き換えに治療薬や補充品が手に入ればありがたいよな」
「食事処なんてあったら、最高だよな。携帯食は飽きる」
「そんなのがあったら、ダンジョンに引きこもる奴がでてくるかもな」
「面白そうですね」
第三者の声に二人は驚いて、その声の主の方を向いた。いつ来たのだろうか。気配を感じなかった。
二人の背後には白金が立っていて、にっこり笑っていた。
「お話中にすみません。太郎が戻ってきましたので、お知らせしようかと思って。でも、その話もう少し伺っても? 」
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肉まんについて、少し修正をいれました。
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