第19話 転換点


 探索ギルドを辞めてしばらくは、キッチンで黙々と料理を作っていた。肉素材はいくらでも白金が持ってきてくれる。野菜などは市場へ行けば良い。残念ながら米は無かったが、小麦粉はあった。パンでもうどんでも自分で作ろうと思えば作れるものだと知った。調味料やスパイスは、市場を色々と見て回っている。和風調味料は見かけないが、それなりのハーブなどは出回っている。ショウガやニンニク、ネギなどのようなものは手に入れた。


料理をしていくと色々なことに段々と整理が付くような気がした。手先を動かし、具体的な目的がある作業をすると思考は冴える。


「え、やっぱりヒモ?」

冷静に考えて、自分の状態に愕然とした太郎であった。


 ここしばらくの料理生活で太郎の調理の腕前は確実に上がっていった。もともと一人暮らしだったので多少の調理はしていたのだが、これほど料理を集中して作っていたことはなかった。道具類も充実していることだし、美味しい物を食べたいし食べさせたいし、いいかと居直った。


 マグナに来て、魔導具などが充実していることで生活環境は良くはなったが、そのレベルは江戸・明治時代から、昭和初期になったぐらいなかんじだ。そうはいっても昭和初期なんて本で読んだことしか知らないが。

それに料理は不味くはないのだが、もう少し美味しいものを食べたいと思ってしまう。料理方法は、どうやら煮ると焼くがメインで味付けもシンプルだ。太郎からするとちょっと濃いし、タレや出汁が欲しい。揚げ物はあるがメジャーではないようで、色んなフリッターはあった。


(肉、なんで細切れにしてまとめて揚げるんだろう。もっと大きめの塊であげてくれればいいのに。唐揚げもトンカツも美味しいよ。魚?もすり身で揚げたのばかりだよな。川魚だから? 魚はゴテゴテ味をつけるのもいいけど、シンプルに塩焼きでもいいと思うんだよな)

そんな料理に耐えきれず(と言うことにしておこう)、自分で作ろうという気になったのもあった。


料理を作ると、達成感があり心が落ち着いてくるような気がする。手順や材料の吟味で頭がちゃんと働いているのを実感する。

一緒に食べる白金が美味しいと喜ぶと、やはり嬉しいものがある。


随分前に「美味しそうだな」と購入した料理本は、積読の果てにトランクルームの住人となっていたのが、ここにきて役に立っている。

そうはいってもこの地域の調味料にバリエーションはそれほど無かった。それでも代わりになりそうなものは白金の情報を頼りにした。

やはり、白金は有能である。



 転換点は唐突にやってきた。

 

隣国アンソフィータから探索者のパーティがマグナに来たのだ。


「期限は半年間を予定している。このダンジョンで産出される『火山の欠片』を依頼したい。我々もダンジョンに入るが、他のパーティがそれを発見した場合は、買い取りをお願いしたい。

それから、『火山の欠片』の発現状況について、情報があれば教えて欲しい」


そのパーティ”シムルヴィーベレ”のリーダー、アルブムはギルドにそう申し出た。

このダンジョン特有のドロップ品の一つが『火山の欠片』だ。特有の場所でみつかるのではなく、深層で発見されることもあれば、浅層で発見されることもあるという変わり種だ。


この『火山の欠片』の有用性は高い。ある難病に効く薬品の材料の一つであり、また魔力の宝庫であることから自身の火属性魔法の強化、巨大な魔法陣を展開するための魔力源や構造物のエネルギー源などに利用可能な物なのだ。


残念ながらその取得条件についてはよくわかっていない。頻繁に発見されることもあるのだが、ここ数年は発見されていなかった。唯一はっきりと判っているのは、魔物を倒した時のドロップ品だということだった。しかし、この魔物も特定の魔物ではなかった。


隣国をホームとしている探索者パーティがこの地に来たことと、彼らが『火山の欠片』を求めているという噂は、あっという間にマグナの街に拡散された。


 この頃の太郎が何をしていたのかというと、料理に邁進することから脱却していた。

薬師ギルドの事務仕事に励んでいた。

この仕事を紹介してくれたのは、探索ギルドの受付嬢のアリアで、彼女はアンヌさんと知り合いだという。二人は、マグナのギルドで一緒に仕事をしていたのだが、アンヌさんは1年前に実家の都合でタミヌスに移動したのだと話してくれた。先日、手紙を受け取り太郎に会いに来てくれた。


「手紙には、多分、白金君が優秀すぎて叔父さんは探索ギルドに居づらくなるだろうって書いてあったわ。だから、よその仕事があったら紹介して欲しいって(そうじゃないと白金君に迷惑がかかるからって書いてあったけど)。

アンヌは自分が書類仕事の面倒を見てたから、どこでも使い物になるはずだって。

タロウさん、大変だったでしょう。彼女、手厳しいから」

 太郎は、アンヌさんの視野の中に自分がいたという事を知って驚いたが、言われてみればかなり鍛えられてはいた。

「鑑定士は正確な書類を提出する義務があります。他の人の仕事に依存すべきではありません」

アンヌさんのセリフが頭の中で蘇った。

アリアから紹介された仕事を、ありがたく受けることにした。


紹介された薬師ギルドの仕事は、事務仕事が中心のものだ。アンヌさんに鍛え上げられた書類処理スキルはえらく評価された。

重箱の隅をつつくほどに細かな点まで指導された賜と言えよう。

「君はその書類作成やチェックの仕事をどこで身につけたんだね。

え、探索ギルドのアンヌ嬢に教わった。ああ、彼女ね。

私も仕事の関係で少し関わったことがあったが…。

うん。なかなか、有能な人だった。今はタミヌスにいるのか。

そうか、うん。なかなか癖のある人だからね…。


大変だったね」

薬師ギルドのギルドマスターが遠い目をしたのが印象的だった。

(アンヌさん、悪い人ではなかったんだよな……多分)


アンヌは、ギルド界隈では有名な人だったのかもしれない。アンヌさんの愛弟子と言われるようになって、絡まれなくなった気がする。ギルドが替わったからだと太郎は思っているのだが。


「太郎さんはアンヌの愛弟子なのよ。なにかあったら、アンヌに伝えるから。どうなるかしら、フッフッフ」

アリアが探索者にそう話していたのを白金は聞いていた。


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