第15話 出奔は計画的に

 太郎は辺境伯領に入る前日に野営した場所に、支店の基を設定しておいた。隣国と辺境伯領に至る街道がある場所だ。用足しにいくふりをして、結界の外、ちょっと森に入ったところに配置した。支店の基は7センチ程の黒い円盤で地面に置くと太郎と白金以外には認識できない。


女神像を運んでいたこともあって、支店の基をここに設置した時にはこんなにツイてるなんて女神像の御加護かしらと思ったほどだ。そういう意味では、太郎も信仰に節操のない日本人だと言えよう。

もしかしたら神殿契約の件もその節操のなさが関連しているのかもしれないと白金しろがねが思ったとか思わなかったとか。


食料などについては、いつでも逃げ出せるように常に多めに買ってはトランクルームに確保していた。時間が止まってくれたりはしないので、できるだけ保存のきくものを買ってきて、古くなれば食べて新しい物を買い足すというような形をとっていた。これで2、3週間は過ごせるだろう。トランクルームに元々入れておいた非常食の乾パンやインスタント麺もあることだし。


 宿屋はギルドでは把握されていなかったのか、誰も訪ねてこなかった。銀の短剣を辿ればどこにいるのか判るはずだが、王都にいるのは確認されているので、すぐに捕らえなくても問題ないと思っているのだろう。

太郎は王城で持たされた銀の短剣とシャツを宿屋に残し、夜が更けてからトランクルームを通じて街道の支店に出た。


結界の外だがすぐに危険というものでもないし、あまり人目にも触れない。

支店は最低限の扉だけを顕在化させてその扉から周囲を伺うと、幾つか宿泊用のテントはあるものの、もう周りは寝静まっていた。

結界があるため寝ずの番はいないようだ。たまに番をしている場合もあると聞いたが(例えば初心者の練習とか)、今日はそんなことはなかったようだ。


白金は黒ずんだTシャツを持って森の中に入っていった。捨ててくるためだと言っていたが、それなりに戻ってくるまで時間がかかった。

このTシャツを持ったままだと神殿契約が発動して国境を越えられない可能性があるからだ。

「そう、情報にありましたので」


それに、もう契約がなされたのを確認したから用はない。万が一、神殿契約から痕跡を辿ることができて、ここまでこれたとしても森の中に廃棄しておけば、森で野垂れ死んだと誤認してくれるかもしれない。


「とりあえず、今晩はこのままトランクルームで過ごし、明日宿泊地の人たちがいなくなったら出発しましょう」

太郎は一旦支店から外へ出た。それから顕在化させた支店を支店の基に戻して回収し、次にトランクルームの扉を開いた。


少し面倒な手順だが、これで王都の宿屋につながっていた扉は閉じて、王都との繋がりはなくなった。王都の宿屋につながっていたといっても太郎以外は出入りできないのだから支障がないといえばないのだが、気分の問題だ。それに万が一間違えて王都に戻ったら元の木阿弥だ。

「いや、思ったよりも簡単に王都脱出できたね」


この方法は、レベルアップして支店を手に入れたときから考えていたことだ。上手くいったと太郎は上機嫌だが、

「マスター、隣国にたどり着くまでは油断してはいけません」

白金はそんな太郎に苦言を呈する。でもそんな彼も今晩まで王都にいて翌日には辺境伯領の近くにいるとは誰も思わないだろうとは思っている。そんなことができる転移の魔導具など売っていないということは調べておいたからだ。


初期の計画では、王都近郊の仕事を引き受け、王都から出たときに支店の基を設置しようという話だった。これほど一気に距離を稼げることができるとは予想していなかった。


それでも数日間は辺境伯領には滞在していたので、この辺でうろちょろしていると太郎の顔を覚えている人物と出会わないとも限らない。例えばアルディシアに会ったら目も当てられない。従って用心するに越したことはないのだ。


 毛染めのための染料を使って、太郎はお風呂で髪を染めた。髪の色が違うだけでも印象が変わるだろう。染料については、サイザワさんに教わった。

「髪が黒くて重い感じがするんで染めたいんですよね」という話をしたら、これがいいと教えてくれた。彼女が言うには黒い髪は他の色になりにくいということで、まずは脱色するための染料だという。サイザワさんの買い物のついでに太郎はその染料を手に入れていた。


「サイザワさんには、本当に世話になったな。お別れの挨拶、できなかったけど。

でもあの耳の良さはなんなんだろう。女の人ってそういうところ、あるよな。

あの人が辺境伯領の女神像の話をしてくれなかったら、もしかしたらもっとのんびりと構えていて後手に回っていたかもしれない」


女神像の話は、マリアは絶対教えてくれなかっただろう。ギルドは疑っていてもマリアと話をしていてうまうまと騎士団の仕事を引き受けてしまっていたかも知れない。


 翌日、宿泊地に野営していた人たちが出ていったのを見計らって、旅装束姿で太郎と白金はトランクルームから出てきた。辺境伯領へ行くために買ったカバンを背負い、「収納なんてもってませんよ」的に振る舞うつもりだ。勿論銀の腕輪は外してある。

太郎はこんなに簡単に外れる腕輪に意味があるのかなと、少々思った。だがこれは収納スキル用であり、収納持ちだったら簡単には外れないのだ。彼のスキルは収納ではないのだから、束縛されることはない。


 白金は外に出て同行することにし、太郎と白金の関係性を叔父と甥っ子ということにした。二人連れということにしておけば、目眩ましになるだろう。

あと何度か脱色すれば髪の毛ももっと色が抜けてくるだろう。それから太郎はヒゲも伸ばすことにした。

そうはいっても、昨日今日ですぐに変わるものではないので今後に期待、ではある。


「護衛はお任せください。こうみえてもアシスタントですから」

白金は辺境伯領で護身用に買った剣を腰に佩いて太郎を見上げてニッコリと笑った。

「期待してる。俺、そういうの全然だめだから」

「今後は、護身用に少し訓練した方が良いかと提案します」

「えー、あー、そうかな」


白金は最初はあまり表情を変えなかったが、この頃は少し表情が変わるようになっていた。少し抜けている太郎に合わせているのかも知れない。

太郎は白金については深く考えることはしていないが、良い相棒だと思っている。見た目は美少年だが、物言いも行動も自分よりもシッカリしている白金に全幅の信頼をおいている。

それに外に出た白金と話ができるのは嬉しい。


「ま、とりあえずお隣さんに行きますか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る