異世界で貸倉庫屋はじめました
凰 百花
第1章 ポーターのお仕事はじめました
第1話 始まりの話
(うわ、これはアカンやつだ。しかも巻き込まれだなんて)
山田太郎28歳、独身。会社帰りにたまたまコンビニの駐車場で異世界召喚された高校生の三人組に巻き込まれた。久しぶりの定時での退社、コンビニでビールとおツマミを買って自宅の安アパートに帰って晩酌をするつもりだったのに、残念ながらお預けになった。
王が指示し、魔導師たちが鑑定鏡を用意した。鑑定鏡には人のステータスを観る事ができる魔道具だ。高校生たち、男の子二人に女の子一人の能力を一人ずつ見ていった。職業に勇者、賢者、聖女と出て大騒ぎになっている。
勇者や賢者は全魔法属性をもち、戦いのための攻撃用の固有スキルをいくつももっているようだ。聖女は治癒能力と聖魔法の属性を持っていた。三人とも一般スキルとしては鑑定と収納をもっている。
「我が国には魔王が率いる魔族や魔物が度々侵攻してくるのだ。勇者の方々には、ぜひともその侵攻を食い止め、願わくば争いの元凶である魔王を成敗していただきたい」
「任せてください。人々を苦しめる魔王なぞ、討滅して見せます」
周囲が盛り上がってる反動か、山田太郎は冷静にそんな彼らを見つめていた。
(王が本当のことを言っているかどうかなんて、わからないじゃないか。それにあの雰囲気、無理難題を押し付けるときの、あの上司とおんなじなんだよな)
太郎には、仕事を押し付けてくる時の上司の顔と王達の顔が同類に見えていた。そんな太郎の姿は、傍から見ればぼうっと彼らを眺めているように見えたかもしれない。
そこへ鑑定鏡を持った魔導師がようやくやってきた。太郎の存在を思い出したのだろう。
高校生三人組で、えらい盛り上がっていて、おまけのような大人は後回しになったのだ。
「職業は“巻き込まれた異世界人”、固有スキルは“トランクルーム”?」
魔導師は固有スキルに戸惑っていた。それを見ていた高校生の一人が
「トランクルームって、モノ預けておく倉庫みたいなやつだよな」
「ああ、なんか小さい部屋のやつとか、外においてあるボックスみたいなやつ」
太郎の一般スキルには鑑定しかなかった。高校生三人組は、巻き込まれた異世界人という部分に同情はしたものの、自分たちの能力の高さに酔いしれているのか太郎の能力については少々見下したような言い方をした。
太郎には戦闘スキルはおろか魔法に関するスキルもない。それも影響したのだろうか、高校生たちの会話と太郎に収納スキルがなかったことで、どうやら収納と同等の能力だろうという話になった。
収納はこの世界では割りと一般的な能力で、収納ボックスという収納用の魔道具もあるという。
サイズについても、
「トランクルームっていったら、王様の玉座の場所ぐらいの半分の広さもないかもしれない」
と言う高校生の言葉を受けたこともあり、外れのスキルと見做された。
なぜなら高校生達の収納は無限収納だったからだ。周囲の人々の目線に軽蔑と言うか侮蔑と言うかあまり良くないものを感じた太郎は、
「(俺、いなくても全然問題無いよな)どうも私の職業が巻き込まれた異世界人ですし、能力も戦いには向かないようなので、この先は一般の市民として暮らしていきたいと思います。
召喚されたことは他言しません。できればしばらくここの生活に慣れるため最初だけでも金銭的な援助がいただけると大変ありがたいんですが」
「そうだな。こちらが一方的に呼び寄せてしまって申し訳ないが、そうしてくれるとありがたい。勇者殿達が無事に魔王を成敗した暁には女神のご加護で元の世界に帰還できると思う。
その時に、そちも一緒に戻れるだろう。だが、勇者が召喚されたことがわかると魔王が警戒するかもしれない。
この国には、古くから迷い人が別の世界から来ることが知られている。だからもし他の人間に怪しまれたら、迷い人だということにしてほしい」
どこまで本当かどうかは判らないが、それについては了承した。断る理由がないし、下手に断ればどんな処断がくだされるかわからない。
神殿契約を結んでほしいとも言われ、契約書が渡された。太郎はその文章が全く問題なく読めた。内容的には召喚に巻き込まれた異世界人だと他言しないようにということが記されていた。
ただ妙に契約文と署名の間に空隙がある。細かな字の追加事項はなかったし、大臣ぽい人がその契約書に先にサインをした。急かされながらももう一度内容をきちんと吟味してから上着の内ポケットにある万年筆を取り出してサインをした。
ただ、なんか癪だったのと日本語で書いても判るまいと思ったこともあり、漢字で山田太郎ではなく山口一郎と別名を書いたのはお茶目な意趣返しでもあった。
では、と盛り上がっている謁見の間から一人出ていくことになった。兵士に案内されて、まずは服を着替えさせられた。スーツなんてこの世界の人間ではないとすぐにバレてしまうし、城から出ていくのにそんな怪しい格好のままにおいておけないためだろう。
着ていたスーツは自分の持ち物と一緒にもらったズタ袋に入れた。
それから手切れ金である金貨15枚、銀貨20枚が入った袋も貰った。それから何かあったときのためにといって、銀色の鞘に収まった小振りの短剣も。随分と気前が良いことだと太郎は思った。
「いろいろとお心遣いありがとうございます。この恩は忘れません」
案内してくれた兵士はどこか威丈高な雰囲気で太郎を見下したようにしていたが、彼が最初から最後まで低姿勢だったためか何事もなく出口まで案内してくれた。
使用人や城へ物品を配送するための裏門の様で、貴族というよりも商人などの庶民たちに混じって城外へと出ていった。丁度、搬送を終えて街まで戻ろうとしていた馬車を見つけて、お願いして乗せてもらった。
「すみません。今日、手伝いで初めてここに来たんですけど、一緒にきた人たちに置いてかれちゃったんです」
「イイってことよ。お互い様さ。ジョルカ町まで行くけど良いかい。こっちも寄り道はできないんで、途中ならおろしてやれるが」
「ええ、そこまで送ってもらえればありがたいです」
上手いこと話を合わせつつ世間話をしながら馬車で送ってもらい、街中の適当なところで降ろしてもらった。
「さて、どうすっかな」
王都は人々で賑わっているようだ。馬車での話では魔王とかそういった話は無かった。ただどこかと戦争はしているらしい。それから収納のスキルを持っているとポーターという荷物持ちの仕事があり、商業ギルドで雇用登録ができるという話なども聞けた。
送ってくれたおじさんは、太郎のことを田舎から出てきたぽっと出で、無登録で臨時のポーターの仕事で城まで雇われ、荷物を降ろしたところで置いていかれてタダ働きをさせられた間抜けとして認識したらしい。それで色々と話をしてくれたのだ。
雇い主の店の名前もあやふやな太郎を怪しむよりは、田舎者の太郎が騙されてタダ働きさせられたことに同情的だった。
ついでに近所の旨い飯屋とそこが宿屋になっていることも教えてくれたので、取り敢えずその飯屋に入ってみて、出来ればそこで宿をとることにした。
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