大奥義書

 目が覚めると、その天井は『冒険者養成校ゲーティア』の保健室のものだった。俺はベッドの上から上体を起こすと、ちょうど二人の女子が中へと入ってくる。


“七海アスカ”と“周防ホノカ”だ。




「あ!ようやく、お目覚め。随分と気持ちよさそうに寝てたから、そのまま起きてこないのかと心配してたんだぞ?」




 そう言ってアスカは、ペットボトルのスポーツドリンクを俺に差し出してきた。口に含んで喉を潤すと、徐々に倒れる前の記憶が蘇ってくる。




「そうか……俺は、また“入神意”の反動で」



「うん、半日近くは眠ってた。一応、お医者さんにと診てもらったけど異常はナシだってさ」



「そうなんだ?良かった〜」



「あ、そうだ!ホノカ、あれ」




 七海に促され、周防が思い出したように鞄から取り出したのは一冊の古びた本。丁寧に布でくるまっていて、貴重な物だというのはすぐに分かった。




「これ、昨日のダンジョンで入手した秘宝アーティファクト。植村くんの所有物に決まっとったんやけど、昏睡状態になっとったから。私が代わりに預かっておいてん」



「そうなんだ、ありがとう……って、俺の所有物にして良いの!?」



「そりゃあ、ね。一番の大ボスみたいな奴を倒したのは、植村くん一人でやし?参加者たちの意見も満場一致やったけどな。戦部くんだけは、最後まで愚痴っとったけど。ふふっ」




 周防さんから秘宝アーティファクトである本を受け取ると、そのテキストが表示された。



『大奥義書』

 宰相級から受けた術式を一つだけ選択して修得できる。必要魔力を有してない術式でも、一日一回だけオリジナルの威力で魔力消費なしで使用できる。



 俺が本のテキストを読み込んでいると、アスカが口を開いた。




「その本、私たちが読んでも中身が真っ白だし効果も良く分かんないんだよね。何なんだろ」



「え。今、説明が表示されたけど……なんか、宰相級の使った術を一つだけ使えるようになるらしい」



「マジ!?宰相級って、あの大ボスのことだよね?倒したユウトにしか使えないようになってたのか。どのみち、所有者は決まってたのか。なーんだ」



「でも、今まで入手したレベル6の秘宝に比べると……なんか、地味っていうか。もっと凄い効果があるのかと期待してたんだけど」




『ダンジョン・サーチ』に『不夜城シャフリヤール』、どちらもチート級の秘宝だっただけに少し拍子抜けだった。もしかしたら、たまたま俺の手に入れた大秘宝が共に破格な効果なだけだったのかもしれない。


 ガッカリした表情を浮かべる俺に、アスカが呆れ声で言ってきた。




「いや、地味なんかじゃないでしょ!奴の使ってた術式は、全て最上位と呼ばれるもの。最上位術式といったら、術士系のレアスキルを持った者が厳しい修練を重ねて、ようやく習得できるかどうかのレベル……それを戦士系のスイーパーが使えるようになるなんて、普通なら有り得ないことなんだからね!?」



「そ、そうなんだ……ごめん。まぁ、確かに単純に自身を強化できるのは嬉しいか」




 本をめくると、ルキフグスが使っていた術式の文字が浮かび上がる。この中から選択して、一つを修得できる仕組みなのだろう。


 全ての指からレーザーを放出する“アトミック・レイ”。

 竜の放つブレスの如き砲撃を放つ“ラグナ・ブレイズ”。

 光と炎の殲滅魔法“プロヴィデンス・ノヴァ”。


 どれも魅力的な術ばかりだが単純な攻撃術式なら、他の武器でも代用できる。一つしか使えないというのなら、防御面を強化しておきたい……だとすれば、選択肢は一つしかなかった。


 俺は目的の術式の書かれたページを見つけて、自身の手のひらを紙に触れさせた。すると『大奥義書』に書かれた文字が光り始めて、俺の手を通って体内へちからとなって取り込まれていく。




“ネメシスガンド”の術式を修得しました


 四つの光を召喚して、遊撃・防御・治癒・加速・強化など様々な戦況に応じた戦闘補助を行う。

 必要魔力を満たしていないので、使用回数は一日一回。魔力消費なしで、使用が可能となる。





 よし。しかも、強化バージョンの“ネメシス”だったのはラッキーだ。一日一回だけとはいえ効果の持続時間は長そうだったし、普通の状態でも使えるのは相当に心強い。


 俺が“ネメシスガンド”を修得すると突然、『大奥義書』は光となって消えていってしまう。




「もう、覚えられたの?最上位魔法」



「うん、多分。あとで、色々と試してみるよ」



「これ以上、強くなってどうすんの……まったく。いよいよ、敵という敵がいなくなっちゃうんじゃない?」



「いやいや、宰相級ルキフグスとの戦いもギリギリだったし……こんなんじゃ、まだまだ“帝級カイザー”と呼ばれるような連中には勝てないと思う」


「“帝級カイザー”……何それ?」



「父さんが言ってたんだ。“王級ロード”より上位の存在で、世界に七体しかいないらしい。てっきり、ルキフグスが帝級そうなのかと思ったけど……更に、その中間の階級が存在したのかも」




 正直、ルキフグス戦も咄嗟の思いつきで放った“次元断”が成功していなければ何の攻撃も通用せず一方的に倒されていただろう。“帝級カイザー”と呼ばれる連中が、それ以上のチート能力を持っているのだとしたら……その時の為に、まだまだ強くなっておかなければ。慢心など、もってのほかだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る