白虎・3

「ホワチャア!」



「ぐはっ!」



 白浜の鋭い突きが、西郷の顔面にクリーンヒットされると、彼の身体はエレベーター内の壁に激突した。


 19階に到着するまでに、二人による交戦が始まったが、あっという間に優勢に立ったのは白浜ロウキであった。やはり、近接勝負に関しては彼の方が二枚も三枚も上手うわてのようだ。



 チーン



 それと同時に、緊急停止が解除されたエレベーターも目的階へと到着したようで、扉が開かれる。




「着いたか……準備運動にも、ならなかったな」




 そう言って、侮蔑的ぶべつてきな視線を西郷に向けてから、エレベーター内から出て行こうとする白浜。




「行か……せへんぞ!!」



 どんっ!



 そんな彼の背後に、ゾンビのように息を吹き返した西郷が強烈なタックルをお見舞いしてテイクダウンすると、彼の首に自身の腕を巻きつけた。


 まさしく、植村ユウトが白浜を仕留めた時と同じパターンを再現してみせたわけだが、今回はあの時のようにはならない。




「死にぞこないがッ!」




 その圧倒的な獣のパワーで、バックチョークをめた西郷ごと、立ち上がってみせた白浜は、そのまま彼を背負い投げの要領で前方へと投げ飛ばす。



 ズシャア!



 それによって戦場はエレベーター内から、19階のエレベーターホールへと移行する。見守ることしか出来なかった周防も、仲間を心配しつつフロアに降りた。



「手首のグリップが、甘いんだよ!そんなんじゃ、この俺はオトせねぇぞ!?」



 投げ飛ばして、仰向けに倒された西郷の腹を、これでもか!とばかりに踏みつけていく白浜。




「が……ふっ!」



「マサキ!!」



 一方的にやられている仲間を見て、たまらず【断絶】を発動しようとした周防を制止したのは、まさかの西郷だった。




「手ぇ出したらあかんで、ホノカ!言ったやろ?タイマンに、手出しは厳禁……ってな」



「そんなこと、言っとる場合ちゃうやろ!このままじゃ、アンタ……やられてまうで!?」



「ズルして勝つぐらいなら、正々堂々と勝負して負けた方が、マシっちゅうもんや」




 しかし、白浜は容赦なく西郷を蹴りつけていく。



「後ろから突っ込んできた野郎が、何が正々堂々だ。笑わせんじゃねえぞ!例え、汚い手を使ったところで、テメーじゃ俺には勝てねぇんだよ!!」



「ぐ……っ!!」




 何とか顔面だけは、両手ブロックで守っているものの、立ち上がる隙すら与えてくれない敵のフットスタンプに、西郷の身体は悲鳴をあげる。


 いよいよ、結界を張ってやろうかと悩んだ周防は、その気持ちをグッとこらえて、仲間にエールを送った。




「何やっとんねん、マサキ!そんな言われっぱなしで、悔しくないんか!?」



「やかましわ!悔しいに決まっとるやろ!!せやけど……」



「ほんなら……汚い手を使ってでも、勝ってみせんかい!ななみんのちからに、なりたいんやろ!?下手なプライドなんて捨ててまえ!!」



(そうや……ワイにとって大事なんは、コイツにリベンジを果たすことちゃう。アスカちゃんの手助けをすることやないんか?)




 周防の一言で吹っ切れた西郷は、踏みつけてきた白浜の蹴り足を強引にキャッチすると、その足首にガブリと噛みついてみせる。




「くっ、離せ……この!」




 暴れ出す白浜を見て、すぐに噛みつきをやめて、立ちあがろうとする西郷。相当な勢いで噛みついたおかげか、白浜もすぐには追撃に行けなかった。


 その間に、無事に立ち上がり、勝負は最初のニュートラルな位置に戻される。




「……お前は、強い。今のワイやったら、真っ向勝負じゃかなわへんやろな」



「分かりきってることを、何を今さら。この期に及んで、命乞いでも始めるつもりか?」



「せやから、今回は……卑怯な手ぇ使うてでも、勝たせてもらう!死んでも、こっから先には行かせへん!!」



「卑怯な奴が、わざわざ宣言するか。全く、おつむの弱い野郎だぜ」




 再び顔を、がっしりと両手ガードで守りながら、白浜に突っ込んでいく西郷。

 しかし、武術修得者である彼は、がら空きになっているボディーを見逃さない。




(もらった!この一撃で、沈めて……)




 ボディブローを放とうとした白浜だったが、西郷の口元がニヤリと緩んだのを見て、動きを止めた。

 西郷の“卑怯な手を使う宣言”が、無意識に彼の警戒心を強めていたのだ。もしかして、このボディーは何らかのトラップなのではないか?と。


 その躊躇した数秒間で、西郷は手に隠し持っていた小瓶から赤い粉末を、敵に向かってぶちまけた。



「ブート・ジョロキア!」



 彼が叫んだのは呪文などではなく、ただの唐辛子の名称。西郷が、ぶちまけた赤い粉の正体だった。




「なんだ!?目が……ッ!」



「うおおおおおおっ!!」




 痛みで目が開けられない白浜に、西郷による渾身の頭突きが見舞われた。




 ゴツン!!



「か……はっ」




 ドサリと、その場に倒れ込む白浜。


 打った西郷も、ふらつきながら自らの頭を押さえている。それほど、気合いを込めた一撃だったということだ。


 よろける彼の身体を支えたのは、一部始終を見守っていた仲間であった。





「お疲れさん。マサキらしい、泥臭い戦いやったで。ふふっ」



「それ、褒めとるんか……?まぁ、ええわ。勝ったら、何でも……けど、ちょっと、休ませてーな」





 糸が切れた人形のように、全身の力が抜けた西郷は、その場にへたり込むと静かに目をつむった。













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