文章書くなくっても、アイデアだけで十二分の価値がある

ちびまるフォイ

オークション・オーバーキル

「それでは最初は1万から!」


「1万5千!」

「2万!」

「3万7千!」

「10万!」


会場ではびっくりするような金額が飛び交っている。


「これが小説アイデアオークション……!」


出品者の多くは素人だが、落札者は映画関係やプロの小説家までいる。


自分で書きたい小説のアイデアはあるものの、

それを自分のしょぼい執筆力で書くと黄金のアイデアを腐らせる。


なので、手つかずのアイデアだけを出品して競り落とす。

小説アイデアオークションの存在を知ったのはつい最近だった。


「次、あなたですよ」


「あ、は、はい!」


司会者に呼ばれてオークションの壇上にかけあがる。

スクリーンには自分が用意したプレゼン用の画面が映し出された。


「え、えっと! 私が出品するのは新しい異世界転生のアイデアです!」


壇上でプレゼンし、アイデアを説明し終わるとオークションが始まる。


「それではこのアイデアのオークションを始めます! 1万から!」


景気よくはじまったはずが一向に会場から声があがらない。


「1万1円」


もうしわけ程度に落札者が出てからそれきり手を挙げる人はいなかった。


「な、なんで!? こんなにいいアイデアなのに!?」


自分の中では最高のアイデアで、

これを作品化まで落とし込めれば覇権まちがいなしだと思っていた。


それなのにこの冷めぐあい。

自分のアイデアがカスだと突きつけられているようで凹む。


「では1万1円で落札です!」


「帰りの電車代にはなるか……」


肩を落として会場をそそくさと出ようとする。

が、あわてて司会者が肩をつかんできた。


「ちょっと! どこへ行く気ですか!?」


「どこって……家に帰るんですよ」


「あなたの出品はまだあるでしょう?」


「へっ?」


「アイデアの出品は2つ。もうひとつあるはずでしょう。

 早くもうひとつのアイデアを説明してください。みんな待ってるんですよ」


司会者がつきだしたアイデア登録書では確かに「2つ」と書かれていた。

記入した当時アイデア2つを出すつもりだったのか、間違えて2つと記入してしまったのか。

もう今となってはわからない。


わかることは、モタモタして待たせたあげく

「やっぱりアイデアは1つでした」などとお茶を濁せば

アイデアオークションを一生出入り禁止になるだろう。


「ど、どうしよう……っ」


結論を出せないのに促されるまま、壇上に再度あがってしまった。

資料なんて用意してないので壇上のスクリーンは真っ暗なまま。


「え、えっと……」


オークション参加者の視線がつきささる。

ごまかす言い訳を考える余裕もなく、とっさに思いついたアイデアを話した。


「こ、今度のアイデアは……目がサーマルスコープなった主人公が

 凄腕の霊体暗殺者のヒロインに協力して、現代の闇をやっつけるお話です」


冷や汗ダラダラ。その場の思いつきを強引に理論で紐づけたほら話を続けた。


「では、このアイデアのオークションを始めます! 1万から!」


「100万!」

「200万!」

「500万!」

「1000万!」


とびかう金額に現実味がまるでなかった。

気合を入れて作った異世界転生アイデアとの価格落差すら意識しないほどに。


庭にプールとテニスコートをつけた一戸建てが買えるほどの金額で

自分の思いつきのアイデアは落札された。


「すごいですね。今日の最高額ですよ。

 最初のうんこみたいなアイデアはこのためのかませだったんですね」


「は、ははは……当然じゃないですか……」


「支払いは追って指定の口座に送りますね。出品ありがとうございました」


大満足で小説アイデアオークションは終わった。

その後はいつお金が入るのかとうきうきしながら待っていた。


けれどいつまで待っても振込はされていなかった。


「どうなってんだ……。ちょっと連絡してみよう」


思い立って電話を手に取った瞬間。

向こう側から連絡がかかってきた。


「もしもし……?」


『お前、あのアイデアの出品者だな!』


「ええそうですが……」


『よくも騙したな! この詐欺師!』


「騙した!? なにをですか?」


『昨日発表された〇〇の小説に、アイデアが使われているじゃないか!』


「えっ!?」


昨日出版された新作小説を確かめると、

あきらかに自分のアイデアを使われているのがわかった。


『お前、本当は別の場所でもアイデアを出品していたんだろう!』


「そんなことしてませんよ!」


『わしは騙されんぞ。そうやって二重出品して

 お金も別の落札者から両取りしようってハラづもりだろう』


「だからそんなこと……」


『アイデアが別で使われているとわかった以上、

 わしはお前のアイデアにびたイチ円も払わんからな!』


「それは困りますよ! すでに庭付き一戸建てと大型犬も買っちゃったのに!」


『知ったことか! この詐欺師めっ!』


電話はそれきりだった。

あのアイデアオークション会場にいた誰かが、アイデアを盗んだのだろう。


しかし出品者もとより落札者も人数は多くしぼりきれない。

それに会場の出入り口にはアイデア盗用の防止のために、自動記憶消去ゲートがある。


誰もアイデアを外に持ち出すことなどできないのに……。


「あ」


こころあたりが1人いた。

ゲートを通らずに外へアイデアを持ち出せる人間が。


小説アイデアオークションの会場へ戻る。


「おや、どうされたんですか。オークションは終わってますよ。次の出品受付は明日からです」


「お前だろ」


「はい?」


「お前が俺のアイデアを盗用したんだろう!

 この本を見ろ! 競り落とされたはずのアイデアが使われている!」


「そんなこと知りませんよ……!」


「ああそうかい」


俺は司会者の娘が映っている写真を見せた。


「かわいい娘さんじゃないか」


「ど、どうしてそれを……」


「そんなことどうでもいいじゃないか。

 ところで次の小説はダーティな話を書こうと思ってるんだ」


「は、はぁ……?」


「そうだなあ、地下の監禁室で拷問するところから物語を始める。

 リアリティを重視するために、実際の体験やロケは必要だよな」


「む、娘に手を出すな! そんなことしたら……!」


「おやおや。小説のアイデアを話してるだけじゃないか。そうだろう?」


「ぐっ……」


今度は娘の画像と牢屋の画像をディープフェイクで合成させた写真を見せる。

オークション司会者は目の色が変わった。


「な、なんてことを!!」


「おっと。ここからは腹のさぐりあいはナシにしよう。

 お互いに正直に話せば誰も傷つくことはない」


「なにが目的だ……」


「あんたが俺の小説のアイデアを盗んだのは本当だな?」


「……」


「言わないと……」


「わ、わかった! 白状する! 確かに私が君のアイデアを外に持ち出した!」


「やっぱり……」


オークションの会場にいて唯一ゲートを通らないのが司会者だった。

司会者だけは事前にアイデア登録をするために記憶消去をまぬがれる。


「なんで俺のアイデアを先に盗んだんだ! 何が目的だ!」


娘の写真を突きつけるとますます司会者は顔が青ざめる。


「ちっ、ちがう! 私はただ依頼されただけなんだ!」


「依頼……?」


「競り落としたアイデアを私が外に持ち出して先行公開する。

 そうして、二重出品だと難癖をつけてお金を払わない。

 これがこの手法のすべてなんだ」


「はあ!? それじゃ、最初からここまでは計算づくで

 ネタが先に使われたって話してアイデア代を踏み倒す計画だったのかよ!」


「今にはじまったことじゃない……。

 あんたに限らず高値で取引される良いアイデアでは

 落札者と手を引いてこれを続けていたんだ……」


「ゲスいことを……」


「娘を人質にとったあんたほどじゃないだろう!?

 すべて話したんだ! 娘は解放してくれ!」


「最初から監禁なんてしてないよ……」


「えっ」


司会者にすべて合成でこしらえたものだと話すと、血の気が戻っていった。


「それで……これからどうするつもりなんだ?

 私を突き出すのか? 私はしょせんトカゲのしっぽ。

 落札者と手を組んだつぎの司会者が出てくるだけさ」


「そんなこと……わかってるよ」


俺に電話をかけてきた落札者にキレても意味は無いだろう。

証拠なんてきっともう消されてるに決まってる。


「ひとつアイデアが思いついた」


「……落札者の家にでも放火するのか?」


「そんなことしない。出品するアイデアを登録してくれ」


「いまさら何を……?」


「今度のアイデアは持ち出し禁止だ」


「わかってますよ。同じ出品者に同じ手は使わないと決めてますから」


「それはよかった」


「ふつうの人は怖くなってもうアイデア出品なんかしなくなるんですけどね……」


司会者により俺のアイデアを出品登録させた。

数日後、次のアイデアオークションが始まった。


「さあ、それでは次のアイデア出品をする方、ステージへあがってください!」


アナウンスに促されてステージにあがる。

参加者には俺を騙した落札者もいる。

悪びれる様子もなく座っている。


あらゆる証拠を消し、いつでも足跡を消せる準備があるのだろう。

悪事がバレると毛ほども思っていない余裕が見て取れる。


実際、証拠もなければ悪事を白状させることは俺にできない。


ただできることは……。


「それで、今回はどんなアイデアを出品するんですか?」


司会者はマイクを向けた。


「実は先日、ここで出品して作品化された作品があります」


ステージのスクリーンに自分のアイデアが使われた本を映し出す。


「何百万もの大ヒットになり、映画化も決まったようで光栄です!」


会場から拍手がまきおこる。

かつての落札者も自分の栄光を噛みしめるような顔をしている。



「ただ……。実はあのアイデア。まだ未完なんです」



その一言に会場はざわついた。


「今回出品するのは、エピソード2のアイデアです!

 あの大ヒット作のエピソード2! これはスルーできませんよね!?」


「な、なんだと!?」


ふんぞり返っていた落札者もこれには焦ったらしく声をあげた。

シリーズものは先に続くほど注目度が上がっていく。

別の落札者にアイデアを取られるなんてもってのほか。


「それでは最初は1万から!」


「1億!!!」


かつての落札者は血走った目で食い気味に落札した。

ぶっとんだ金額に他の落札者は誰も対抗できなかった。


その顔を見れただけで俺は大満足だった。


「落札ありがとうございます。1億なんて大金、光栄です」


「満足か、小僧……。エピソード2を出して、

 小説を他の奴らに競り落とさせるつもりだったろう。

 そうはさせん。あれはわしのものだ」


「いいえ、ただ心配になっただけですよ」


「心配? 貴様ごときに心配されることなどない!」


俺はうれしくなってアイデアの出品登録証を見せてやった。



「実は、このあとエピソード10までの小説アイデアを出品予定なんです。

 まだまだ競り落としてくれますよね? おとくいさまっ♪」



その後、エピソード10まで落札させたあと

スピンオフ3作とエピソードゼロを落札させたところで

落札者の財産はすっからかんになった。

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