「これは詩なのだろうか? どれどれ、ほんのり少し祈ろうか。───私の書くものが、詩となり、歌となり、湖面を滑る白鳥となりますように。……そうそう、this one。THE swan。

 傍らにはBluetoothのスピーカー。机上の隅にふんわり置いて、スマホの中の J.S. バッハと御対面。ああ、耳がそっちへ翔んでいく。ふむふむ。ははあ。あああああ。

 生来、本性が砂糖まみれの私。頭の中には、なり損ないの詩の卵たち。かえすために、わざわざじっと座っている必要なんてない。外から割られる心配なんてないから。でも、私は今、こうして羽根を休めて自由の鳥になるのだ。ただ落ち着いて、バッハを聴いていたいから。……ばっはっは。(おおっと!)

 

 ……おっと、詩。


 私は別にシリタクモナイ、詩とは一体何なのか、そしてそのゴールを人類が既に手にしたのかどうか、なんてことは。……うん、全くもって、詩利他蜘蛛無しりたくもない。まあ、詩は、巣を張って他を利する蜘蛛ではないんだろうが。

 ただ、この机上の、小型の、眼前のスピーカーが、真綿のような静謐さと共に唄っている音楽。───ひょっとしたら、これが詩? これが詩、これが歌、これが湖面を滑る、の白鳥?

 ……となれば、私は今、スマホに指を止めて、既に翔んでいった『不埒な』耳をさらに遠くに、スピーカーの約十七センチ後ろの壁を貫いてさらに遠く、隣町の友人が飼っている柴犬のコタローの小屋にも届くほど、……いや、私の職場も、隣の自治体も、さらにはその先にある国々だのナンダノカンダノも全て越えてしまってね。それから空へ、そして遂には宇宙に……ああ、精神と呼ばれるの大宇宙に向けて、もしも私の耳を飛ばすことができるなら、


 ……無用のものとなるわけだな、今書いている、この、私の『詩』も。」





 手記はここで終わっている。


 嗚呼、今日も雨が震えている。窓を打ち、束の間の安息をさえ知らぬ。

 にもかかわらず、この夜のうちに一羽の鳥の声がする。それあたかもブランコの響き方であって、前にりだして来たかと思えば再びぐに後方へ退く、といった按配である。……云わば、精神の駆け引きである。

 この鳴き声のぬしは、からすだろうか。

 それとも、つぐみだろうか。

 



 ……嗚呼、ああ、やはり、やはり、分からない。

 全くが耳は、今頃は一体何処どこで、誰の宇宙で油を売っているのやら?





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