第15話

 おれはいつものように中庭で昼を過ごしていた。

 昨日は不思議なことばかりだったから、十分に眠ることができなかったのだ。

 眠い。

 ベンチにもたれ、空を見る。

 青空。

 半分は校舎に隠れている。

 いつぞやの砂浜と海を思い出す。

 そういえば、楽しかったな。

 きっと、目をつぶってしまえば気持ちのいい眠りを享受できるだろう。

 そんな予感がする。

 半分の校舎と青空。そこに可愛らしい少女の顔が入り込む。

 「クルミか」

 おれは意識を起こす。起こさねば、泣いてしまいそうになる。

 「私ではご不満ですか」

 クルミはいつものようにおれをからかう。

 「そいうわけじゃないよ」

 「隣いいですか?」

 「構わないよ」とおれは言う。「珍しいね」

 「ただの気分ですよ」

 「ここは静かだろ」

 「そうですか?学生の声で落ち着きませんけど」

 「きにしいやつめ」

 クルミの顔が赤くなる。

 「教室の方が涼しいぜ」

 「……あの、天馬先輩」

 「電波でいいよ」

 「いえ、今日は天馬先輩で...」

 声は震えている。首にかけているインスタントカメラを両手で握っている。

 「あの……」

 彼女の小さな口が開く。

 「天馬先輩のことがずっと……」

 震え、今にも泣き出しそうな声だ。

 「……ずっと、す……」


                S.1



 クルミが思いを告げる。と、思われた。

 しかし、目の前にいるのは由衣だった。

 水色がかった教室。早朝。

 由衣はいつものように、自分の席で本を呼んでいた。

 「おれはおかしくなったのか?」

 由衣は本を置き、頭を抱える。

 「本当にごめん。今度こそは戻さないって決めてたのに」

 「よくわからないな」

 彼女が何を言っているのか分からない。

 「うん。私は神様なの」と彼女は言う。「信じてはくれないよね」

 「いや、君はつまらない冗談を付かない」

 信じてるよ。それに、便宜的に考えればそうなるだろう。

 「ねえ、散歩にでもいかない?」

 

               S.2

 我々は教室を出る。

 蝉は鳴いていない。ただの早朝というわけではなさそうだ。

 「全部止まってるよ」

 スケベなこと考えてたでしょ、と彼女は加える。

 「本当に神様だったんだね」

 「信じてくれた?」

 「敬語に変えたほうがいいかな?」

 「勘弁してよ」

 彼女は笑う。

 「せっかくなら学校以外にも行こうよ」

 由衣はおれの手を握る。


                 S.3

 

 田園風景が広がる。

 我々はプラットフォームにいた。

 蝉が鳴いていた。

 「この時は蝉の声が欲しかったから」

 「今度、山に取りに行こうか」とおれはふざける。「虫かご持ってさ」

 彼女はにっこりとしたまま、風景を眺める。

 「クルミちゃんに悪いことしちゃったなあ」

 「……」

 「すごくかわいかったね」

 「ああ」

 クルミはかわいかった。今までにないくらい。今まで以上に。

 

                 S.3


 冷たいものが身体を覆っていた。

 ―――今度は海か。

 スクール水着姿の由衣がピースサインをしていた。

 「でも電波くんならわかってくれるかな」

 「何をだ?」

 少し海水を飲んでしまった。口の中がしょっぱい。

 「もう一度やり直せたら、なんて考えたことない?」

 「あるよ」

 

                 S.4


 海を一望出来る山だ。

 由衣は一つ下の段にいた。おれは彼女の方に振り返る。

 「誰でも思うだろ」

 「それが本当にできるなら?」

 君ならどうする?

 「わからない」

 「そうだよね。自分が幸福になるということはその幸福を享受するはずだった誰かがそれを得られなくなってしまう。不幸になっちゃうの」

 幸福か。

 

                 S.5


 薄暗い。部屋中に影が張り付いている。背中から磯の香りがする。

 クルミのおばあちゃん家。

 由衣は下を向いていた。

 「本当にごめんなさい。私のわがままのせいで……」


                 S.6


 自転車置き場。

 「乗せてよ」

 由衣の体温が背中に伝わる。

 「勘違いしないでほしいの。私はクルミちゃんのことも好きなのよ」

 「知ってるよ」

 自転車が揺れ、回した由衣の手が強くなる。彼女はこんなに小さかったのか。

 「でもダメなの。二人の幸せを願っいるのに」

 時間を戻してしまう。

 「そういうもんさ」


                 S.7       


 図書館。

 窓からの自然光だけが頼りだ。

 彼女は机に肘をつき、手の甲に頬を乗せる。

 「旅行どうだった?」

 「総集編だね」

 「編集、脚本、田中由衣」

 「そういえば……」

 映像制作が終わらせなきゃな、と言おうとした。


                S.8


 入道雲。

 足裏に伝わるアスファルトの感触。

 「まだあったのか」

 「最後は屋上が定番じゃない?」

 由衣の礼儀正しいスカートが揺れる。

 「そうだけれども」

 「神様からのプレゼント」

 「なんだ?」

 風が強いため、おれは目を細める。

 「君には青春を与えましょう」

 彼女は微笑む。

 「平穏がいい」

 「君が決めたことだよ」

 「―――」

 「安心して、クルミちゃんは運命の人だよ」

 神様が言うのだから、間違い。と彼女は言う。

 「待てよ!」

 意識が薄れる。

 ああ、ダメだ。

 まだ伝えてない。

 

 




 

 



 




 

 

 

 

 

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