第11話
期末テスト1週間前になり、学校は勉強ムードに突入した。部活動は禁止、学生はテストや進路の話題が増えてきた。ただ嘆く者がいれば、黙ってノートを作っている者もいる。それでも彼等の念頭にはあと少しで夏休みという文言が浮かんでいるのだろう。
正直退屈だ。
おれは昼食を中庭のベンチでとっていた。ここは相変わらず空いている。
今日に限ったことではない。校舎に囲まれたここは学生にとってはあまりにも閉鎖的なのかもしれない。あるいは校舎から注ぐ視線が彼等にはあまり好ましく無いのかも知れない。だけれども、その視線は自身の幻想のようなもので、大抵は中庭にいる人のことなど景色としか思っていない。自意識過剰とまではいかなくとも少し考えすぎなのだ。そのおかげでここはを独占することができるのだから思春期様々だ。
昼時、ちょうど正午になると、太陽が真上に昇り、中央の木を照らす。青い葉がテラテラと輝く。教室から学生達の声が気温と共に大きくなる。相変わらず話題は偏っている。ここに届く声は学年やクラスで区分されているものではないため、教室にいる時と違って余計な見栄を張る必要がなく気楽だ。
四階-3年生の階に知った顔が歩いていた。
「くるみか」
2年生が4階にくることはあまりない。
-まあ、いいや。
ここにいる時はあまりものを考えたくない。ここでは孤独であることが礼儀なのだから。
テスト期間は部活動が禁止されている。
部室の鍵は職員室で管理されているため、テスト期間で職員室への侵入が禁止されている今、鍵を入手することが不可能で部活動が禁止となるのだ。
鍵を教師の管理下に置くことは部室の備品を保護する上で最適な方法である。しかし、それは大抵の部活がそうであるのであって、例外はある。それが我が映像部だ。
以前話した通り、かつての映像部には高価な所蔵品が山ほどあったのだ。そのため、教師の管理下とは言え、誰でも入れる職員室に置くのは危険と判断されたのだ(疑いは教師にも向けられていたのかもしれない)。そしてその責任を誰に託すか。盗難があったときの責任者。誰に鍵を託すか。結果、最も部の発展を望む役職、映像部部長にそれを託すことにしたのだとか。
おれが入部した時、元OBの先生から上記の話と一緒に鍵を渡された。
テスト期間だが、鍵があるのだ。部活が出来るからといって、活動を部員に強制するわけにはいけない。学生の本分は勉強なのだ。
とりあえず、誰も居ない部室でスクワットでもしよう。
そう思って、部室にきたのだが、何やら部室から物音がする。昨日、鍵をかけ忘れたのか?いや、確かに鍵はかけたはずだ。では?
扉に手をかけると、扉はゆっくりとスライドする。
「……ここの問題が分からないです!」
「ここは複雑に見えるけど、さっきの式を二つ合わせただけだから……」
「あっ!! 分かりました!!解いたことあるかもしれません!!!」
「正解!!!」
クルミと由衣だった。
二人は窓向きのソファーに座って勉強していた。
昼にクルミが四階にいたのは由衣に勉強の約束でもしにいってたのか。
「あっ、来たね」
「電波先輩!! こんにちは!!!」
「おう」
いや、そんなことより。
「どうやって部室に入ったんだ?」
施錠はしたはず。
「くるっと」
クルミが十円玉を空中で半回転させる。
セキュリティーしょぼ。
「まじか...いや、すまない。気にせず続けてくれ」
相変わらず仲がいい。
二人とも美人であるが、系統のことなる美人である。
クルミはかわいいの割合が高い。一方、由衣は美しいの割合が高い。しかし、この後ろ姿を見ると、先輩後輩というよりは年子の姉妹という方がしっくりくる。
「ここは……こうですか?」
「うん。いい感じ」
静かなのもいいが、こういうのも悪くない。
さて、どうするか。
勉強をする気分でも、本を読む気分でもない。かといって、当初の目的通り、スクワットをするのは彼女達に申し訳ない。
邪魔にならないように大人しくするか。
茶箪笥からポテトチップスを取り出す。部室にはこういったスナック菓子が備蓄されているのだ。味はコンソメか。のり塩の気分だったのだが。まあ、どれもうまいからいいか。
「ん?」
クルミと目が合う。
「コーラ持ってきますね!!!!」
しまった。
クルミはソファーを飛び上がり、家庭科室に走っていく。私物化しすぎだろ。てか、家庭科室も十円か。
「電波君」
由衣がこちらを睨む。
「すまん」
「ポテチにはコーラですね!!!」
「ちがいない」
「なんだか久しぶりだね」
「最近は映画撮影ばかりだったからな」
愛しき、だらけきった青春。
「そいえば、次はどのシーンを撮るんですか?」
クルミはポテチを頬張りながら言った。
「テスト期間だぜ」
「ですから、範囲を頑張って終わらせたんですよ」
「いいのか?」
「この前頑張ろう会したばかりじゃないですか」
「ん?ああ……よし、今日は会議だ!」
お疲れ会のつもりだったのだが。
「うん。頑張ろう」
「会議ですか……」
部室では西日がひどいため、図書室に移ることになった。
クルミは移動に乗じて、逃亡。
我々の他に人はいなかい。勉強や読書、少なくとも図書委員はいると思ったのだが、見た限り誰もいなかった。
「結構寂しいな」
「そうだね」
我々は向かい合う形で座る。
おれはテーブルに大まかな流れが書かれたルーズリーフを置く。
「《東川高校の神様 仮》流れ
シーン1 手記を拾う。
シーン2 会話。樋口、寺島。
シーン3 告白。+会話。樋口、寺島。
シーン4 樋口、照子、寺島。会話。
シーン5 調査。照子。
シーン6 5について報告。樋口、寺島。
シーン7 街。照子、寺島。
シーン8 教室。樋口、寺島。
シーン9 飛び降り。寺島。
シーン10 4の再現。樋口、寺島、照子。
最終シーン 教室。樋口、寺島。 」
「今のところ1と3、最終が終わっている」
「時間配分は?」
「全然足りない。だから、カットシーンを加える必要がある」
「それはクルミちゃんに任せてみない?」
「ああ。このコピーを渡してるから多分今頃使えそうな動画を撮ってると思う」
「時間は後からでいっか」
「これまでに撮った映像でも見てみるか?」
「うん。見たい」
映像はクルミから送って貰っていたのだ。
おれはスマホを由衣に向ける。
「いいよ」
由衣は笑う。それから、彼女はおれの隣に移動する。
「みせて」
彼女はなんでもないように、首を傾け、スマホを覗く。
「ああ」
肩が触れる。こんなに小さかったのか。いい香りがする。
「東川高校の神様の落ち、考えてきてくれた?」
最後の台詞。原作の穴。彼女からの宿題。
いつの間にか、あたりは暗くなっていた。
日中は隠れていた影が机の隙間から本棚の奥から徐々に伸びてくる。
「……寺島には好きな人がいたんだ。それは照子ではない。そのため、手記の持ち主を見つけて、運命を取り消して貰おうとした」
おれはポツポツと話し始める。それとともに言葉が分解されていくようなこころもとない感じがした。
由衣は黙って、おれの言葉を待っている。
「そしてその意中の相手こそ、手記の持ち主だったんだ」
自分の声が古書に吸い込まれていく。ような気がした。
「……だから、寺島の最後の台詞は“貴方のことが好きです”だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます