第9話
自転車で坂を上る。
太陽が昇り始めてからあまり時間が経っていない、そのため気温もさほど高くはない。それでも、徐々に汗ばんでいく。
―――なぜこんなとこに学校を建てたのか。
通学だけでも骨折りだ。
特に夏は最悪だ。
汗はかくし、地面には昆虫が転がっている。
朝っぱらからこんな不快な気持ちで一日を迎えないといけないとは。
それだけで今日一日が最悪な日になりそうに思えてくる。
ペダルが重い。先日の海もあり足どりは悪い。
第一、この坂を自転車で上ること自体がおかしいのだ。
傾斜は高いし、舗装があまく路はボコボコしている。おまけに下った先には十字路があり、事故多発地帯だ。
大抵の学生はこの坂を考慮して徒歩通学を選択する。だからこそ、自転車で昇らなければいけないのだ。普通を選択していては普通に埋もれてしまう。
ほんと馬鹿らしい。
「ふう」
なんとか坂を越え、学校に着いた。
あと1時間もすれば自分の声も聞えなくなるほど騒がしくなるのだろう。
朝の校内は心なしか水色がかっている。
靴箱を閉める音が遠くにわたる。
廊下を踏むとリノリウムとゴムが擦れる独特の音がなる。
教室には由衣しかいなかった。彼女はいつものように本を読んでいた。
扉を開く音でこちらを振り向く。いや、おれが来たことにはずいぶん前に気づいていたに違いない。それほどに校内は静かなのだ。振り返るのもポーズの一つなのだ。
「おはよう。相変わらずはやいね」
「君こそ」
「早く着替えてきなよ」
彼女は汗だくなおれを見て言った。
「少し休んでから着替えるよ」
おれは自分の席に荷物を置く。音が鳴らないように椅子を少し浮かせ、そのまま引く。下ろす際に音が鳴るのは仕方が無い。でも、出来るだけ音は立てないようにしたい。些細な音でさえ、この空間では不純物になり得てしまう。
「映画製作は終わりそう?」
由衣が尋ねる。
スケジュールの管理はおれに一任されているのだ。
「いや、夏までに終わらせるつもりだったんだが」
「まあ、ゆっくりでいいじゃない」と彼女はいう。
「まだ時間はあるんだし」
「そうだな」
早朝の時間はゆっくりと過ぎていく。
そして我々は各々の時間に戻るのだ。
早朝と放課後以外に我々が話すことは滅多にない。
彼女は本を読み、おれはおれの交友に戻るのだ。
昼休み。
おれは屋上で昼食をとっていた。
あんパンとコーヒー。
おれと由衣は塔屋の影に隠れている。その上にはクルミがいる。
"きませんね。どうぞ”とトランシーバーから声がする。
"そろそろ来るはずだ”
「ねえ、ほんとにやるの?」
隣で由衣が少し申し訳なさそうに言う。
「リアリティーってやつだ」
《東川高校の神様 仮》には主要キャラとは別の告白シーンが必要なのだ。だがしかし、我々には撮影を協力為てくれる友人はいない。というよりは告白シーンなんて恥ずいものだれがやってくれるのか。我々、映像部3名にはそれぞれ役が与えられている。そのため、他の役を掛け持ちすることは出来ない。いや、告白シーンなんて我々もやりたくないのだ。であるならば、本物を撮ればいいじゃないか!というわけで我々は東川高校1の告白スポットである屋上を張っているわけだ。
「絶対怒られるよ」
「顔を隠せばいいさ。まさか自分が撮られているとは思うまい」
「ちゃんと許可とりなよ」
「ラジャア」
そういえば、昼休みに由衣と話すのは初めてかもしれない。
ガチャリと音がした。
"きたぞ”
おれはスマホのカメラを予定の画角にセットする。
まず最初に画面の中に女子生徒が映る。それから、男子生徒が入ってくる。
少女は腕を組んでいるため、気が強そうに見える。対象的に少年の方はおどおどとどこか自身なさげだ。
「2年生だね」
由衣が耳元で呟く。
「ああ」
少女が少年に何かを尋ねる。すると少年はポケットから薄い紙を少女に賞状を授与するようなかしこまった渡し方をする。
おや?
ラブレターにしては薄すぎやしないか?
なんか褐色だし、文字というよりは絵のような・・・てか野口じゃん。
"メーデーメーデー。アオハルかと思ったらカツアゲでした”
こういう行為は辞めさせなければならない。
おれは立ち上がり、少年と少女の元にいく。
「君、カツアゲはよくないよ」
「かんけいねえだろ。うわマッチョ」
褒めるなよ。
「告白だと思って見てれば……」
「いや、ちょっ。うちはこいつをいじめてるだけで、好きとかそういうのじゃなくて、いやだから」
少女は赤くなる。あれ?
「岬さん!ずっと好きでした!」
「はあ!ちょっ……なんだよ」
「付き合ってください!」
「……キモいんだよ……」
少女は赤くなった顔を隠すように下を向く。
「……ダメ……ですか?」
「……察せよ……バカ」
少年は小さくガッツポーズをする。
何これ?気まず。
「「先輩!!有り難うございました!!」」
少年と少女ーカップルが仲良く感謝を述べる。
彼等曰く、少女は少年に一目惚れだったらしい。しかし、彼は彼女と違い内気で臆病な性格のようで、人との関わりを避けていた。そして彼女が考えに考えた結果、彼をカツアゲすることで強制的に話をする関係になることを決めたそうだ。なぜそうなった?少年は暗い性格であったが、決して人が嫌いなわけではなかった。そのため、金を取られるものの、少女に話しかけられることは嬉しかったそうだ。彼にはカツアゲぐらいの積極性がちょうど良かったのだろう。なんだそりゃ?ちなみに、カツアゲで得た金は少年との結婚資金にする予定だったのだと少女は顔を赤らめて言っていた。
彼等は一礼をして屋上を後にする。
「お手柄だね」
由衣とクルミが影から出てきた。
「何だったんだ?」
「そういう好意もあるってことですね」
やかましいわ。
あっ。そうだ。
おれは急いで先ほどのカップルを追う。
彼等は階段を降りてる最中だった。肩が当たり、互いにもじもじしている。
「お取り込み中すまない」
おれは階段の上から彼等を見下ろす形になる。
「なんですか?」
「おれは映像部で映画を撮っていて、さきほどの屋上での出来事も撮っていたんだ。それを告白シーンとして使ってもいいかな?」
もちろん、顔は隠すと加える。
「いいですよ。先輩は僕達の恩人ですから」
少女の方は相変わらず赤くなっている。ずいぶんとしおらしく成ったものだ。
「ご協力感謝する」
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