第8話
8:25 。
天気は快晴。駅は相変わらず空いている。線路を跨いで、一面の田んぼが広がっている。森が近くにあるため、蝉の声がうるさい。
「電波くんおまたせ」
由衣は謎のキャラクターが描かれたTシャツに紺のチノパン。必要最小限の物しか入らなそうな小さなバッグを背負ってる。つばの広い帽子が鼻梁に影を乗せる。
「なんだ。そのキャラクター?」
Tシャツには青白い顔のおっさん?のキャラクターが印刷されていた。
「フレドリクソンだよ。ムーミンのキャラクター」
「そんなキャラクターいたか?」
「いたよ」
「ムーミンは観てたんだが、いかんせん子どもの頃だったからなあ」
「原作に興味ある?」
「あるかも知れない」
「今度貸すよ」
ありがとうと、おれは言う。
「あついな」
「あついね」
蝉は何匹いるのだろうか。
「あれクルミちゃんじゃない?」
遠くに小柄な少女が見える。白襟の紺のワンピースにつばの大きな麦わら帽。鞄やバッグは持っていない。姿は陽炎によっておぼつかない。
「ただの小学生じゃないか」
「そうかなあ?」
少女はこちらに向かって走ってくる。
「やぱり、クルミちゃんだ」
あれ?海に行くにしては軽装すぎやしないか?ああ、海に行くとは言ったが泳ぐわけではないのか。
「本日はお集まりいただき有り難うございました。つきましては...」
「変なしゃべりかただな」
「どこか具合でも悪いの?」
おれは笑い。由衣は心配する。
クルミはムッとする。
「先輩達が変なLINEするからしゃべりかた忘れちゃったんです!!!」
「?」
「?」
「それやめてください!!」
「元気そうじゃないか」
「先輩には言われたくありませんよ!」
クルミはおれの腰に巻いた浮き輪をボムボムする。その振動でシュノーケルの空気孔が揺れる。泳げなんだよ。しょうが無いだろ。
「ボブ先輩は...こんど一緒に服をかいにいきましょう」
「?」
由衣は嬉しそうに微笑む。フレドリクソンは相変わらず無表情だ。
電車はガタゴトと定期的に震動する。
クルミと由衣は小さな声で話している。服を買いに行く話でもしているのだろう。
アナウンスが次の駅を告げる。
圧縮式ドアが開く。
ホームから中学生と思われる3人の少女が入ってきた。
「あついね~」
「ほんと」
「溶けちゃうよ」
少女達は折り目の綺麗なスカートと少しよれたワイシャツを着ていた。背中には大きなバッグ、肩には長いケースにかけている。形から察するに剣道部だろうか。野球にしてはケースが長いし、何よりあの大きなバッグの説明が付かない。それに、ほんのりと活動の香りがする。
彼女達は電車の隅に身を固めている。車内はかなり空いている。おそらく、この電車を常に利用しているからこその習慣なのだろう。外がよほど暑かったのか健康な太ももを汗が走っている。
視界に入っているとはいえ、暇つぶしに詮索するのはよくない。それにしても退屈だ。
「ヘンタイ」と小さく声がした。
声の主は由衣だった。
軽蔑というよりはいたずらっ子のようだった。
「仕方ないだろ」
とりあえず、車窓の景色を眺める。
はじめの駅では田んぼだったのに対して、今は住宅と海が半々ほどの景色になっていた。そういえば、少し磯の香りがするような気がする。
屋根がテラテラとしている。踏切で小学生がこちらを見ている。きっと向こうからは何も見えていないにちがいない。
海に着いた。
砂浜と海が領土を分けている。どちらのキラキラとしているものの、その輝きかたは異なる種類だった。
「じゃあ、泳ぎましょう!!!」
「泳ぐのか!」
「そりゃあ海にきたら泳ぎますよ!!」
「いや、水着はどうした?」
「すでに着てます!」とクルミは胸元を広げる、水着のひらひらを見せる。
なぜか自慢げだ。
「いや、帰りの着替えはどうすんだよ」
「……遊びましょう」
「おい」
そこまで考えていなかったのか。
我々は水着に着替える。
おれは一足先に浜辺に着いた。
夏の光を受けキラキラとしている。
ここは地元民のみが知っている穴場スポットらしい。
どうやらクルミのおばあちゃんがこの辺に住んでいるらしく、子どもの頃から度々遊びに来ていたそうだ。今回着替えを忘れたのも、それが関係しているのかもしれない。
「お待たせしました!!」
「おまたせ」
クルミはフリフリのついた上下で、可愛らしいおなかが露出している。由衣は紺のスクール水着だった。
「逆だろ」
「訴えますよ」
「セクハラだよ」
「にしても、すごい身体だね...」
褒めの言葉とは裏腹に引いている。なぜだ?
「電波先輩はガチの方だったんですね」
こっちもなぜか引いている。だからなぜだ?胸はお前よりあるぞ。
「では向こうの岸まで競争しましょうよ」
クルミは提案する。「負けた人がアイスおごりで」もちろん、おれが泳げないことを知ってだ。
「かまわないぞ」
おれは泳げない。しかし、それは浮かないからであって、遅いわけではない。
「くるみちゃんまずいよ」
由衣は何かを察する。
「ボブ先輩は優しいですねえ」
クルミはやる気満々のようで準備体操を始めていた。
「ハンデだお前達には10秒やろう。10、9、」
「金槌のくせに生意気ですね」
クルミはニヤニヤとしている。それに対して由衣は既に岸を目指して泳いでいた。
「、5、」
「溺れたら助けてやりますよ」
捨て台詞とともに岸に向かう。
「、0」
おれはしっかりと浮き輪を装着し、全力でバタ足をする。推進力はこれで十分だ。それに体力なら無限にある。常に全力だ。
「えっ、ちょっ、はあ!」
一瞬横にクルミが見えた。綺麗なクロールだった。水泳が得意なのに、泳げない奴に勝負を挑むとは、姑息なやつめ。
岸に着くと、由衣が髪をかき上げ、オールバックにしていた。
「1位」
由衣はピースする。
それから僅差でクルミがついた。
「筋肉だるまめ」
一応先輩だぞ。敬意を払え。
我々は海の近くの個人商店に足を運ぶ。
「む~。先輩方どれにしますか?」
「ガリガリ君」
「私も」
クルミは唯一の持ち物であるガマ財布を取り出す。
「ありがとうね」
「後輩からおごられるとはな」
「もういいですよ。敗北は素直に受け入れます」
クルミは悔しそうにアイスを食べている。
「ところで、着替えはどうするんだ」
「...」
「先輩方」
水着は乾く気配がなかった。
「すうすうします」
水着は由衣のと一緒にした。
「お、おう、帰ろか」
「電波くん」
由衣がこちらを睨む。
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