第29話 誰も知らない本性


オリビアは周りの騒がしさをものともせず、お気に入りの窓際の席で1人復習に励んだ。このところ全く集中出来ていないため、授業でも分からない所が出てきてしまったのだ。


焦るオリビアにとっては、今が自習中である事はチャンスだった。同じ教室内に、彼女のように真面目に勉強をして過ごす者などほとんどいないが、それがかえってやる気を引き出した。


しかし、ゆうべの記憶が邪魔をする。散々体をいじられ、その相手が今も同じ空間にいると思うだけで落ち着かない。彼の手や舌の感触を思い出してしまうと、魔法学の教科書の文章は頭に入ってこなくなった。


幸いハヤトの席は後方で、さらにオリビアのほとんど対角線上にあるため、顔を見ずに済んでいる。


(どうしてこんなことになったんだっけ…)


オリビアは手元の羽根ペンに目を落とした。黄色く染まるこれは、以前彼から貰ったものだ。


──あの頃はもう少しまともだったと思う。昨日だって、途中までは普通に会話出来ていたような気がする。優しい言葉をかけて貰った時は確かに嬉しかった。なぜあの人はあそこで止まれないのだろう。


ハヤトの毎度の暴走にうんざりする。しかし、なぜだかこれを手放す気にもなれない。


「はぁ…」


大きくため息をついていると、横から金髪を高く結んだ女子生徒に声をかけられた。


「よくやるわね」


「ん?あ、サラ」


サラはオリビアのノートを覗き込んで「凄…」とつぶやいた。彼女はオリビアが突然遊ぼうと誘ってきたり、そしてまた勉強の日々に戻った事に何も触れず、変わらず接してくれた。


「勉強も隠れないでするようになってきたのね。どうせならもっと頑張りなさいよ。せっかく良い成績なんだから。また1位取るんでしょ?」


「ええ……ありがとう」


微笑んで返す。サラとは常に一緒にいなかったとしても、お互いの好きなものを尊重し合えるいい関係になれると確信した。


「あれ?何それ、可愛いじゃん」


サラは羽根ペンに気付き、しげしげと眺めた。


「これ?あ、ありがと。貰ったの」


「…誰に?」


サラの目がキラリと光る。


「あ、えっと、それは…」


その時、離れた席で騒ぐ声が聞こえた。その大きな音に反応してサラと2人で見ると、何人かの男子生徒が、1人が雑誌を広げた机に群がっている。何やら、大人の本について話しているようだ。


「俺、この間買ったわ」


「うわっ、マジかよ、見せろ見せろ」


「これにさ、付録の魔法をかけるとなんと………動かせるんだぜ……!!」


興奮しきって一斉に大騒ぎする彼らの様子に、サラがため息をついた。


「何やってんの。教室で」


「あはは……確かに」


オリビアも苦笑いをしながら眺めていると、グループの1人が再び声を張り上げた。


「おいハヤト!お前も見ろよ、これ!」


(!)


彼らは、ハヤトにも声をかけたようだ。オリビアは焦り、ハヤトを視界に入れないように前へ向き直した。しかし気にしないようにしたいが、どうしても耳に入ってしまう。ハヤトがイスを下げて立ち上がる音がする。


「あぁ、それね。知ってるよ」


ゆうべ耳元で何度も囁かれた声がして、オリビアはさらに鼓動を激しく鳴らす。


「な!?すげぇだろ?」


「そうだね」


ハヤトは、いつものように落ち着いた口調で答えた。


「え?お前それだけ?」


「あんまりこういうの興味無いんだよ」


さらりと答えつつ、自分の席に戻る。その言葉にオリビアは耳を疑い、我慢ならず勢いよく振り返った。そして、思わず「どの口が!」と叫びそうになるのを、とどまった。危うく、魔法学クラス全員の前で昨日の事を口走るところだった。


「お前、ほんと掴めねぇな」


声をかけた男子は期待した反応を得られずに、つまらなそうにイスにもたれた。

一連のやり取りを見ていたサラが、興奮した様子でオリビアを振り返った。口元を隠すように手を当て、小声で話しかける。


「聞いた?オリビア、ハヤト君紳士そうだよ!良かったねっ」


眉を楽しげに釣り上げ、ウィンクする。


「……………何が」


「もうっ!聞いたわよ!ハヤト君に告られたんでしょ!?早くOKしちゃいなさいよ、絶対オリビアの事大事にしてくれるよ、あれ!」


「……」


ハヤトが自ら言いふらした事が原因で噂になっている話は本当だったようだ。目を輝かせるサラには、彼にはもうすでに何度も襲われているなんて口が裂けても言えなかった。


「何?まだ嫌なの?成績のこと?もういいじゃない。こだわり過ぎよ。オリビアって意外と理想高いんだねぇ、あんなに優しそうなのに」


サラが呆れた様子で言う。


「ええ……まぁ、それもあるんだけど……別の問題があって」


「?」


「なんでもない…」


サラにはオリビアが遠い目をしている理由が分からなかった。不思議そうに首を傾げていると、またも男子のグループは騒ぎ出した。 よりにもよって大きな声で、全員に聞こえるように、1人が叫ぶ。


「あっ!!分かったぞ、ハヤトお前、オリビアの前だから格好つけてんじゃねえのかっ!?」


オリビアは突如出てきた自分の名前に驚愕する。ここから容易に想像出来る展開に、青ざめた。

 


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