第26話 付き合う条件


夜の河川敷には、誰も来ない。戦うにはぴったりの場所だ。オリビアは寒さをこらえて上着を脱ぎ、足元の砂利に置いた。ハヤトから充分に距離をとって、杖を構える。


「本当は正式な魔法の決闘試合とか、テストで勝負したかったけど…もういいわ。勝手な事ばっかりして…」


「冷たいよ……」


ハヤトは怪訝そうに、水に濡れた顔を拭った。


「だけどね、ハヤト…提案があるの。このままだと埒が明かないから」


ひと呼吸置き、続ける。


「私ね…実直で、私に敵わない人が、好きなの。あなたとは真逆よね。だから……”私が”勝ったら、あなたと付き合うわ」


「…?どういう事?逆じゃないの?」


「ええ。強いあなたに私が勝てたら、あなたの恋人になります。その代わり、もう自分勝手しないって約束してね。無理矢理されるのも、好きじゃないの」


オリビアは、考えた。これなら、彼を受け入れる事をためらう理由が全て解決する。ハヤトに勝てたのなら、嫉妬する必要も無い。約束させてしまえば、嫌がる事もされずに済む。


「僕が勝っちゃったら、付き合えないって事か…………」


ハヤトはつぶやき、じっとオリビアを見つめた。真剣な表情で、何か考えている。


「でも、手を抜いたりしないでね?私、そういう人嫌いだからね。私も本気でやるから。どう?」


──私の方が上なら、なんの問題も無い。そこまで本気なら、答えを見せて欲しい。あなたが勝てば今まで通り、ライバルのまま。だけど、わざと負けたら許さない。


(どうする?ハヤト)


「……分かった。いいよ」


ハヤトは考えが決まったのか、ゆっくりと頷いた。そして、オリビアに杖を向けた。


「いいのね?どうなっても、言いっこなしね。じゃあ、始めましょう」


ハヤトを見ると、いつになく真顔で杖を突き出している。何を考えているのだろうか。オリビアには読めず、途端に不安に襲われた。しかし、すぐに構え直す。


(どうせなら、勝つ。こうなったら勝利して、文句無しで付き合おうじゃないの)


ついに、オリビアは技を繰り出した。草刈りの魔法を応用する。応用は苦手なはずだが、火事場の馬鹿力だろうか。手振りを大きくすると、思惑通りにハヤトに向かって突風が吹いた。しかし、彼はすぐに杖でバリアを作り出し防ぐ。


続いて杖を振ると、強い光がハヤトを照らした。これも農業用の太陽光だ。プロピネス総合高校では既存の魔法を農業へ活用することに特に力を入れていたが、今は全ての知識を戦いに活かす。

ハヤトが目をつぶった瞬間に、エネルギー弾を打つ。的に当てる訓練が役に立つ時が来た。遠慮なく彼の体を狙っていく。ハヤトは上手くかわすが、反撃もしない。


なんとなく、自分が押しているように感じた。やはり手を抜かれているのかと眉をひそめたが、ハヤトは黙ったままで、何を考えているか分からない。


ひたすらに魔法を放っていると、ある時赤い光が一直線に飛んでいき、ハヤトの足に直撃した。


「くっ……!」


ハヤトがひざをついた。痛そうだ。


「あ……」


(ハヤト、やっぱり手を抜いた。残念だわ)


オリビアは失望しながらも、そのまま杖をはじこうとした次の瞬間であった。足元で閃光が走り、光ったところが凍りついた。


「………え?」


──見えなかった。なに、この魔法…


あっけに取られていると、ハヤトは膝をついたままの姿勢から、再び素早く攻撃してきた。油断したオリビアに、衝撃波が当たる。


「あっ!!」


後ろに弾かれ、尻餅をつく。ハヤトは続けてオリビア目掛けて、ドッジボール対決の時のボールを投げる要領で杖を振り、手から杖を吹き飛ばした。


あっという間の出来事だった。ハヤトはパンパンと汚れをはらい、立ち上がって近付いてくる。勝負ありだ。


***


オリビアは負けた。しかし、付き合う条件は達成出来なかったハヤト。勝つ事を選んだ彼に、驚きの目を向けた。


「ハヤト…良かったの?」


驚きながらも、オリビアは口元を緩ませた。悔しいが、こうなる事は分かっていた。しかし、ハヤトの出した答えに、誠意を感じる。


──わざと負けて私に嫌われるよりも、諦める道を選んでくれたの?


ハヤトが目の前に来た。差し出された手をとる。


「ハヤト、あの…」


その時突然、ぐいっと引っ張られ、体に手を回された。体が宙に浮く。


「きゃあっ!?」


横に抱き上げられる。ハヤトはベンチに向かって歩き出した。


「これで僕の勝ちだね」


ようやく口を開いたハヤトが嬉しそうに笑う。オリビアをベンチに運び、横にした。そのまま覆い被さられ、オリビアは近付いてくる彼の肩を押さえた。


「ま、待って!どういう事?約束は?諦めるんじゃないの?」


「今負けて付き合えても、好き勝手出来なくなるんだろ?嫌だよ、僕は君をいじめたいんだ」


「……」


「それに、今はダメでも、君の気が変わるのを待つよ」


ハヤトは微笑みながら、オリビアの手首を掴んで肩から引き剥がした。そのまま片手でベンチに押し付け、自由を奪う。


「や、やだっ!やめて!変わらないからっ!あなたが勝ったら付き合わないって言ったじゃない!」


「うん。残念だよ。でも僕が勝ったら、したいようにしてもいいって事だろ」


「お願い、ハヤト、やめ…」


「言いっこなし、だよ」


暴れるオリビアを押さえつける。顎を持ち上げて、問答無用で唇を重ねた。


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