第25話 はみ出し者の私でも



「それで、何の話がしたいの」


冬の野外にさらされた冷たいベンチの、なるべく端っこに座って切り出す。オリビアは全身で不機嫌さを表現した。普段は絶対にしないが、足を組み、わざとハヤトに聞こえるように舌打ちをする。しかしハヤトはまるで気にしない。どこまで露骨に嫌がれば、この男に響くのだ。


「君さ、どうしてそこまで、僕の事を避けるの」


「分からないの?あれだけの事をされて、避けない人なんていないと思うわ。通報されなかっただけありがたく思う事ね」


ハヤトの顔を見ずに、冷たく言い放つ。先生はああ言ったが、素人が自分で作った魔法薬を飲むなんて事は、大抵の生徒には恐ろしくて出来ない。ましてや、それを他人に飲ませて部屋に連れ込んだハヤトになんのお咎めも無いのは、本当は許せない。


「ごめんね。好き過ぎて、ついやり過ぎた」


隣から悲しそうな声が聞こえてくる。少しは反省したのだろうか。


「こ、困るから、やめて欲しいの。それさえ無ければ、私…」


──避けたりなんて…


「困る顔が可愛くて、もっと見たくなるんだよ」


「……あなたに反省は無理みたいね」


一瞬でも許そうとした自分を馬鹿らしく感じる。


「オリビアは最近、何してたの?凄く寂しかったんだよ。図書館にもいないし」


あなたに関係ないでしょ、と言おうとしたが、自然と口が質問に答えた。


「…遊んでいたのよ。私にだって、友達ぐらいいるわ」


「へぇ、君が。どこ行ってたんだい?」


「………今日はカフェに行ったりもしたけど…ちょっとやんちゃな子たちと遊ぶ日もあって。路地裏みたいな所とか、クラブ…とか」


オリビアは、少しずつハヤトの方へ顔を向けた。


「そ、そうか。あんまり、オリビアのイメージじゃないな」


ハヤトにはオリビアが図書館にいる印象しか無いのだろうか、意外な行き先に明らかに戸惑う表情になった。


「そうでしょ。居心地悪くて、私には合わなかったわ。皆いい人たちだけどね」


──これまで勉強ばかりだった自分の、突然の誘いも受け入れてくれる程優しい友人たちなのに溶け込めないという事は、きっと自分はどこかズレているんだ。


「君は勉強している方が楽しいんだろ」


「そうね……。やっぱり私は、あの静かな環境の方が好きよ。だけど、もう少し楽しめると思ってた…」


気が付いたら、オリビアはハヤトに本音をこぼしていた。うつむき、消え入りそうな声でつぶやくと、ハヤトは黙ってオリビアを見つめた。

向こうでさらさらと川の流れる音がする。


「そこは頑張る必要無いんじゃない?」


「え?」


オリビアはハヤトの目を見た。おだやかに笑っている。


「勉強は楽しいから頑張れるんだろ。好きだから魔法の練習をするんだろう。オリビアの友達は、遊ぶのが好きだから遊んでる。それだけだよ。やれなきゃいけないって訳じゃない」


「…う、うん」


「友達に合わせて無理する事無いよ。君は君のままで充分素敵だ」


ハヤトに優しく肯定され、オリビアは少しだけ微笑みを見せた。


「ええ……。ありがと」


初めはハヤトから逃げるために頑張ってみた友達付き合いだが、結局失敗し落ち込んでしまった。そんな気持ちを彼に慰めてもらい、思わず心を救われる。


「ホウキの練習、見てたよ。楽しそうだったよ」


「そうかしら。全然上手くいかなくて焦ってたの。次こそ優勝したいんだけどなぁ…」


「だから君の力になりたいんだって。一緒にやろうよ。僕の事、避けないで……」


切なげな瞳に吸い込まれそうになる。膝の上の手に重ねられた手を払いのけるのを、一瞬迷ってしまった。


ハヤトは身を乗り出した。オリビアの手を包み、顔を近づける。


「ちょ、ちょっと離れて」


我に返り、慌てて後ろに引く。


「ごめん……やっぱり、我慢できない」


彼の顔がさらに近づき、とっさに顔を背ける。


「だっ、だから!すぐそういう事しようとするから嫌だって言ってるの!さっきの謝罪は何だったのよ!」


怒って、押し返す。


「可愛い。本当に君は表情豊かだよね」


「あなたといると調子が狂うの!」


「そうだね。僕だけが君を狂わせられる」


遠ざけようと腕を突っ張り、ハヤトの胸を必死に押す。立ち上がろうとするもその手を握られ、力が込められてくる。


「本当に好きだって言うなら、もう少しやり方を考えて欲しいわ」


「それは難しい相談だね」


ハヤトの方が先に動いた。オリビアの前に素早く立ち塞がり、彼女の手を背もたれに押しつけた。


「やめてよ…」


「君を見ると、どうも抑えが効かないんだ」


ハヤトの顔がまた迫る。横に顔を背けるとそのまま首筋にキスをされ、ビクッと体を震わせた。


「いやだ、待って…!」


オリビアは抵抗したが、ハヤトの力が強く振りほどけない。もう一度同じ場所に口をつけられ、くすぐったさに声が出てしまう。


「あっ……」


「可愛い声だね……」


ハヤトはそのまま首筋に舌を這わせた。弱い場所を攻められる。


「ん、やっ……」


「好きだ……」


ハヤトは耳元で囁き、少しずつオリビアを倒そうとし始めた。


「やっ!やだ!!」


──またこの間みたいになる…!!


「ハヤト…怒るわよ!これ以上やったら、容赦しないから!!」


「怒っていいよ。もっと怒らせたいくらいだ」


わざと胸に手を当てられ、オリビアの堪忍袋の緒が切れた。


「こ、この変態…!!」


胸を触る手を思い切りはたき、ポケットから杖を取り出して振った。ホースで撒くように、杖の先から勢いよく水が飛び出す。つい先日習ったばかりの、農業用散水魔法だ。


「わっ!?」


ハヤトは油断していたのか、顔にまともに食らう。慌ててオリビアから体を離した。その隙にオリビアは立ち上がり、体勢を整える。


「お望み通り、怒ってあげるわ。ちょうどいい、勝負しましょう」


オリビアは、ハヤトに杖を向けた。言っても聞かず、態度は無視され、逃げても無駄なら、戦うしかない。


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