第23話 すでに水面下で


「そういえばさ、あたし聞いちゃった。オリビア、ハヤト君に告白されたでしょ」


ステラの言葉に、オリビアは飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。


「そうそう!私も聞いた。あなたたち、結構バチバチしてるイメージだったけど、いつの間にそういう仲になってるのよ」


クリスティもニヤニヤと身を乗り出す。


「な、何で知ってるの…?」


「そんで、返事まだしてないんでしょ。何で?早くOKすればいいのに」


「いえ、色々あって、一応断ってるのだけど…って、だから何で知ってるの」


──もしかして、部屋に連れて行かれた所を誰かに見られていた?


オリビアが顔面蒼白になっていると、2人が顔を見合わせた。


「何で、って、ハヤト君が自分で周りに言ってるわよ。僕の好きな人は、オリビアだって」


「は、はぁ!?自分で!?何でそんな事言うかな、あの人」


「まあ、牽制なんじゃない」


「けんせい……?」


「オリビア、この間凄く責められてたもんね。だから、これ以上オリビアの悪口言うなよってことかも。ほら、あの人、ちょっと怖いものね」


同じく魔法学を専攻するステラたちは、泥棒事件の日、オリビアを疑わなかった数少ない生徒だ。オリビアは自分の知らない所でハヤトに守られていた事実に驚いた。どうりであれ以来、真犯人が出てこないというのに、その話を蒸し返す者がいなかった訳だ。


──ハヤトが、私のために……


「あれ、ちょっと待って。怖い?ハヤトが?」


オリビアの反応に、ステラが驚く。


「え?聞いた事無いの?知ってて毎日喧嘩売ってたんじゃないのね。ずいぶん怖いもの知らずだなって思ってたのよ…転校してきてすぐ彼を呼び出した男子がいたじゃない?ねぇクリスティ、3年生だよね、あの人たち」


確認を求められたクリスティが、アールグレイの香りがするクッキーをつまみながら答えた。


「うんうん、専門学科の先輩たち。それを魔法で返り討ちにしたって話だから、遠回しの脅しよ。オリビアを傷つけたら、タダじゃおかないって事じゃないの」


「えぇ………」


「そもそも転校してきたのも、前の学校で揉め事起こしたからみたいだし」


クリスティの話に、あ然とする。飲もうと掴んだティーカップを、先程からずっと持ち上げられない。


「オリビアって、何も知らないのね…」


オリビアは椅子にもたれかかった。ハヤトが謎なのではなく、自分が知らなすぎたのだ。


「……ねぇ、どうしてそこまで知ってるの?」


「あー、私も噂で聞いただけだけど、振られた元カノが言ってるのかもね」


ステラが呆れたように笑った。クリスティも同意する。


「彼、モテるもんね。だから牽制は、自分のところに来るなよ、って意味もあったりして」


「うんうん、直接言わないところがカッコいいよね」


「…あの、ハヤトって女慣れしてる感じがあるわよね。そんなにモテるの?どうして?特に顔が飛び抜けて良いようにも見えないんだけど…。髪型も、うちでは珍しく丸刈りだし」


オリビアは思い切って率直な疑問をぶつけてみた。ステラたちは、「ちょっと、失礼よ!」と笑いながら、考えてくれた。


「うーん、背が高いのもあるけど、やっぱり、才能があるのに威張ったりしないところじゃない?無駄にひけらかしたりはしないよね」


「そ、そうだっけ…?」


いつも自分を挑発してきたり、馬鹿にしたようにからかってくるハヤトと、重ならない。


「授業でもさ、行き詰まってる子に優しく教えてる姿とかよく見るし。あと1番は、あれかしら」


「そうそう。ハヤトくんって、来る者拒まず、みたいよ。誰からの告白も断ったことないんですって!付き合ってみて、好きになれなかったら別れればいい、みたいなスタンスなのかも。それだと泣く子も多い気がするけど。それでも構わない人は、気軽に告白するんだと思う」


2人の話を聞いて、オリビアは妙に納得した。


「そうなのね…確かに、よく恨まれる、とか言ってたけど、それは才能への嫉妬だけじゃないのかもね…分かった気がするわ…」


(あ、でも、マリア先生は…)


好きな人がいるから断られた、とマリアは言っていた。今友人たちが話しているハヤトのイメージと、噛み合わない。


──そんなに本気なら、やり方ってものがあるでしょう。


「それにしてもオリビア、周り固められたね。あれだけ堂々と宣言されたら誰も邪魔出来ないわよ」


ステラがくすくすと笑った。


「や、やめてよ。迷惑してるんだから」


「でも、オリビアも満更でもないんじゃないのー。付き合っちゃいなよ」


「そ、それは……ない、と思うけど」


──だって、ハヤトがあんな事しなかったとしても、彼と付き合うには引っかかるものがありすぎる。彼が1位でさえ無ければ、話はもっとシンプルだった。


目をカップに向け、意味もなくティースプーンでかき混ぜる。ぐるぐるを渦を巻く紅茶を眺めていると、彼に同じものを差し出されて休憩した、図書館での勉強の日々が蘇った。


(でも、あの人の淹れる飲み物はどれも美味しいのよね…)


「オリビア?顔赤いよ?」


「えっ?い、いや、暑くなってきたかな」


「あー、照れてるんだー」


結局この後は、いくら否定しても、2人に冷やかされるだけであった。


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