第14話 日頃の行い
魔法学の授業で、最後に抜き打ちの調合テストが行われた。
調合室で皆、緊張しながら自分の課題に取り掛かる。オリビアも同様に、慎重に調合を進めていった。
今回のテストは、これまでの復習のテストではなく、先生の出すお題に対しての即興での調合だった。
オリビアは、前回の調合テストでは失敗していた。即興や応用というものがどうも苦手で、テストまでの時間にしっかり勉強する時間が無ければ、自信が持てない。
今回も、例のごとく不安な中作業を進めた。
「ーーーそこまで!」
成功か失敗かは、最後に先生が判定する。オリビアが緊張しながら合否を待っていると、離れた席の方で先生が驚いた声を出した。
「ヤーノルドさん!あなた、こんな調合の仕方、習ってないでしょう?」
クラスの視線がハヤトに集まる。先生は困惑した様子だ。
「これは……この方法は、つい先日、魔法学会で発表されたものです。なぜ、あなたが知っているんですか?授業ではまだ扱っていないはずですが……」
ハヤトが答える。
「あぁ、すみません、先生。テストに使う材料が足りない事に気付いて、自分で工夫してみたんです」
ハヤトはなんでもない事のように言った。
「さすがだわ、ヤーノルドさん。先生に報告する事も出来たのに、よく自分で工夫して調合を成功させましたね。それにしても、材料が足りない?おかしいわね、授業の前に、私が揃えたはずですよ」
先生が不思議がっていると、1人の生徒が手を挙げた。
「誰かが盗んだんじゃないですか?」
女子生徒だ。
先生は、あんぐりと口を開けた。
「まさか……そんなこと……」
「いいえ、先生。ハヤトくんの机をご覧下さい。これは明らかに元から薬草が置いてあった跡があります」
見ると、確かにハヤトの調合台には、丸い瓶の跡が残っていて、その周りには少量の薬草が散らばっている。
先生がそれを確認すると、クラス内が一気に緊迫した空気に包まれた。
「……本当だわ。一体誰が……」
「先生。僕、構いませんよ。犯人探しは好きじゃない」
ハヤトは落ち着いた声で言ったが、先生は首を横に振った。
「しかし、もしこれが故意なら、あなたの成績を操作しようとしている生徒がいるということになるのですよ。間違いなのかどうなのか、本人に確認せねば」
「大丈夫。僕がこんなちんけな嫌がらせに負ける訳がないでしょう」
「……分かりました。ヤーノルドさん。あなたの実力を信じて…」
先生が納得して、話を終わらせようとした時だった。
「先生、ポットさんだと思います」
手を挙げたのは、先程泥棒を指摘した女子生徒だった。その瞬間、教室中がざわついた。
オリビアは、驚いて顔を上げた。
クラス中がオリビアを疑うような目を向けている。
「ポットさん?彼女は、いつも成績が良いじゃないですか。ヤーノルドさんの足を引っ張る必要なんて無いはずです。なぜ、ポットさんを疑うのですか?」
先生が尋ねる。
「だって、彼女が一番ハヤトくんをライバル視しているからです。ハヤトくんが活躍すると、いつも敵対するような目で彼を見ています。有名ですよ。ハヤトくんのこと、きっと妬んで逆恨みしてるんでしょう」
オリビアは慌てて声を張り上げた。
「違います!!先生、そんな事…私はやっていません!!」
必死で首を振るが、1人の女子生徒の言葉を皮切りに、皆がぽつぽつと賛同し始めた。
「そういえば……オリビア、何かとハヤトに突っかかっていたな」
「私も見た事あるかも……ハヤトくんにだけ態度が違った気がする……」
「っ………」
オリビアの背中に冷や汗が流れる。
やがて、遠慮がちだった声は大きくなり、オリビアへの非難の声へと変わっていった。皆、すでにオリビアが犯人だと決めつけている。
「俺もそう思う。どう考えてもオリビアしかいないよ。ドッジボールの時のハヤトへの対抗心、凄かったもん」
「オリビア、ハヤト君が来てから1位の座を奪われて悔しいのは分かるけど盗みは良くないよ」
「っ!!ちが……!!」
オリビアは泣きそうになった。クラスメイトの言っていることは、合っていた。確かに、自分はハヤトを憎んでいる。ハヤトに成績を抜かされてからは、ずっと我を忘れて彼に敵対心を剥き出しにしていた。
でも、そんなことはしない。卑怯な真似は彼女が最も嫌うことだった。
「オリビア、あたしは信じてるよ…」
サラはオリビアにそう声をかけたが、その表情はどこか暗い。
「サラ、本当よ……」
オリビアはつぶやき、ハヤトの方を見た。
ーーー信じて。私はやってない。だって、私は昨日、ハヤトに…
オリビアの手の中で黄色い羽根ペンが輝いている。ハヤトに分かって欲しくて目を合わせようとするが、彼はオリビアを最初に疑った女子生徒と話しているようだ。
ーーーそういえば昨日、悔しさのあまり、ライバル本人であるハヤトの前で泣いてしまった。しかも、自分は「過程より結果で勝負したい」と言ったではないか。もしかしたら、犯人と思われても仕方ないかもしれない。
そう考えると、言葉が出てこなかった。オリビアが黙り込むと、クラスメイトたちの口撃は加速した。
「いい加減、諦めたら?どう見てもハヤトの方が上だって」
「オリビア、見苦しいよ」
(皆……そう思ってたのね)
オリビアは涙を滲ませながら、立ち尽くした。
ーーーこれは私への罰だわ。
自分の力では到底及ばないくせに、勝手に彼を敵視し、妬んだ、私への罰。
誰もがその才能を認めるハヤトに、1人だけ冷たく振舞ったバチが当たったのね。
だってほら、誰も私を信じない。
オリビアは反論を諦めて、手の中の羽根ペンに目を落とした。
その時、ハヤトが声を上げた。
「先生、オリビアは犯人ではありません」
「え………?」
オリビアは、目を開けてハヤトを見た。
クラスメイト達もハヤトに注目する。ハヤトはオリビアの隣まで歩いてきた。
「どうしてそう言えるのですか?」
先生がハヤトに尋ねた。
ハヤトは一息つくと、オリビアの目を見ながら言った。
「僕は、オリビアがどんな気持ちで僕に挑んでいるのか知っています」
ハヤトの言葉に、オリビアは目を見開く。
「オリビアは、努力家です。確かに僕の成績に嫉妬していますが、正々堂々と勝負しようとしています。そして、誰よりもストイックで真面目に勉強に取り組んでいます。そんなオリビアが、たかだか練習のテストで僕を陥れようとするはずがない」
「ハ…ヤト………」
「努力?オリビアっていつ勉強してたの?」
努力家、という言葉に、さらに教室がざわついた。オリビアが努力している所を、今まで見た者はいなかった。
「ーーーそれに」
ハヤトがオリビアの調合鍋を覗き込む。
「これは、失敗です」
「えっ!?」
オリビアが、つられて鍋を見る。真っ黒だ。
「もし彼女が僕の材料を盗んでいたとしたら、この鍋にはその材料が使われ、完璧に仕上がっているはずだ。この実は入れれば入れる程調合の成功確率が上がるのだから。証拠を隠すのなら、入れない理由が無い」
オリビアは、失敗した事実を皆にさらされ、顔を真っ赤にしている。
「ね、先生。オリビアは違うと思いますよ」
ハヤトはにっこり笑った。先生は頷き、オリビアへ言った。
「そうですね。私たちの考えが間違っていたようです。ごめんなさいね、ポットさん」
「いえ、私は大丈夫です」
オリビアは小さな声で答える。
「先生、僕はこの通り、調合を成功させました。犯人探しは、しなくても大丈夫ですよ」
「さすがね、ヤーノルドさん。あなたの言うとおりね。皆、ポットさんを疑い過ぎましたね。反省しましょう。テストは次回の授業に持ち越します」
先生は、授業を切り上げて教室を出た。
クラスは静まり返り、オリビアをチラリと見て、気まずそうにしていた。その後、何人かはまだオリビアを疑っていたが、ほとんどはオリビアに謝罪した。
「…オリビア、疑って悪かったよ」
「ごめんね」
「いいのよ。疑いが晴れて、良かった…あ、あの、ハヤト…かばってくれて…」
オリビアがハヤトにお礼を言おうとした時、
「でも、君、調合失敗したんだね」
ハヤトが空気を読まずにオリビアを茶化した。真っ黒の液体を見てニヤニヤしている。
「…………!!!」
オリビアの顔がみるみると赤く染まる。
「う、うるさいわね!ちょっと焦ってしまっただけよ!!」
「あはは、そうだよね。やっぱり君は犯人じゃないよ。君が犯人だったら、もっと証拠が残ってそうだしね」
「何よそれ!馬鹿にしてるの?」
「うん、してる」
「………………!!」
(な、何よ!せっかく、素直に感謝しようとしてたのに…!!わざわざ皆の前で言わなくたって…!!)
オリビアはこれ以上の恥ずかしさに耐えきれず、怒りながら調合室を出て行った。
ハヤトは、そんなオリビアの後ろ姿を優しい目で見ていた。
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