第13話 黄色い羽根ペンを君に


男女の声だ。カップルだろうか?本棚に隠れて姿は見えないが、静かに本を探す音が聞こえる。2人は何か会話をしており、オリビアは勉強に集中しようと努力したが、やはり耳に入ってしまう。


何を言っているかまでは分からないが、やがてその声が荒々しくなってきた。喧嘩を始めたようだった。どうやら女の方は怒っていて、男の方はそれに耐えているようだ。


(……どうして、わざわざここでするかな……?)


迷惑な話である。喧嘩の声はどんどん大きくなり、ついに女の方が怒って図書館を出ていく激しいドアの音がした。

オリビアもさすがに手を止め、音のする方向を見た。女が出ていくと静かになり、コツコツと誰かがこちらに歩いてくる足音が鳴る。


本棚から顔を出したのは、ハヤトだった。まっすぐオリビアを見つめ、近づいて来る。驚きを隠せないオリビアは、彼の名を呼んだ。


「…ハヤト……?」


「やあ、オリビア」


ハヤトはにっこり笑って、オリビアの隣に座った。

学校で毎日会っているが、ハヤトにここで会うのは久しぶりだった。でも今のは?何故ハヤトは隣に座っているの?状況が飲み込めないオリビアは、素直に聞くことにした。


「……ど、どうしたの?喧嘩?彼女…さん?」


「ごめん、気にしないでくれ。それより、今日も勉強かい?」


「え?ああ……うん」


濁すハヤトに戸惑って答えると、彼はフッと微笑みながら言った。


「クリスマスだよ?今日。パーティーとか、行かないのかい」


オリビアはパーティーが苦手だ。その事を伝えると、ハヤトは「ふーん…」と、窓の外を眺めた。つられてオリビアも外を見ると、雪がちらついている。ふわりと舞う雪に飲まれて、静かな図書館がより一層静寂に包まれていた。


ハヤトが何故ここにいるのか、何故彼女と喧嘩をしたのか。色々と知りたかったが、その神妙な雰囲気を前に聞くのをためらった。


しばらくすると、再びハヤトが口を開いた。


「…オリビアは欲しいものは無いの?」


「え?私の欲しいもの………?」


「うん。クリスマスといえば、だろう」



オリビアは顔をハヤトに向け、そうね、と少し考えた。


「…あんまり思いつかないかも。しいていえば、モノでは無いわ。私が欲しいのは、結果よ。これでも頑張っているつもりだから、結果が欲しい」


自分のノートに目を落とす。ハヤトが不思議そうにしている。


「…君は十分結果を出しているだろう?」


「まだよ」


伸びをして、思い詰めたように、窓の外を眺める。だんだん、虚しくなってくる。


「………でも、今の私では絶対に手に入れられない。まだまだ、あなたには届かない。こんな日にまで勉強していても、サンタクロースは来てくれない。お金で買えるモノなら、簡単なんだけどね。私ってほんと、面倒だわ……」


オリビアは、ツリーのサンタクロースを見る。ハヤトは真剣な面持ちで、彼女を見つめて聞いている。彼をチラリと見やると、フッと力を抜き、ヘラっと笑った。


「あーあ、もう、疲れてきちゃったな…勉強は好きなんだけど、最近少し無理し過ぎたかも」


──あ……ダメだ。こらえるのよ、オリビア。


そう思えば思う程、抑えていた感情が溢れてくる。


「…でも、ここでやめたら、自分がもっと嫌になる……」


ぽろっと、涙がこぼれた。慌てて拭ったが、またポロポロと零れてくる。ハヤトの前で泣いてしまったのが情けなくて、上を向き、無理矢理涙を止めた。


「ハヤトは私の努力を尊敬するって言ってくれたけど、やっぱり私は結果で勝負したい…」


「………」


「ダメね。そろそろ潮時かしら。また1位に返り咲こうなんて、甘かったみたいね…」


「オリビア」


「何?」


ハヤトが遮った。オリビアはわざと窓の外に目をやって、返事をした。ハヤトを見ることが出来ない。


「君の欲しいものじゃないかもしれないけど…受け取ってくれないかな」


ハヤトがポケットから、何かを取り出した。


「えっ……」


オリビアが振り返ると、小さな包みがハヤトの手の上にあった。


オリビアは一瞬迷う素振りを見せたが、ハヤトに手を取られ、その上に包みを乗せられた。ハヤトに手を握られて焦る。



「開けて」



おそるおそる、箱を開けてみた。オリビアの目が大きくなる。中には、黄色の羽根ペンが入っていた。


「君の羽根ペン、もうボロボロだろ。普通科のクラスカラーにしてみたんだ。良かったら、使ってくれないか」


ハヤトが言った。ハヤトは、オリビアがいつも使う羽根ペンをよく見ていた。それは、ハヤトが心からオリビアを応援している証拠だった。


オリビアは、目を丸くして驚いていたが、すぐに言った。


「い、いえ、受け取れないわ。彼女さんに悪いもの」


──そうだ。彼には恋人がいる。私なんかがこれを受け取ってはいけない。

オリビアは気持ちを自制した。


「いいんだ。頼むよ。それとも、気に入らなかったかい?」


ハヤトが悲しげに笑う。

オリビアは戸惑ったが、もう一度羽根ペンを見つめた。ハヤトが自分の為に選んで、買ってくれたプレゼント。オリビアの所属する普通科を象徴する、黄色の羽根ペン。


「………………いいえ…………」


オリビアは、自分の顔がほころんでいる事に気付いた。


「嬉しい……ありがとう………」


オリビアは、ハヤトの目を見てお礼を言った。初めて素直に笑顔を見せる。

ハヤトもオリビアを見て、ニッと優しく笑った。


「うん……だからさ、諦めないでくれよ。僕を超えるんだろう?」


「ええ……もちろんよ」


──元気が出てきた。そうだ。落ち込むのは、私らしくない。


「これ…どうして、くれたの?」


「あぁ、たまたま立ち寄った店で見つけて、オリビアに使って欲しくなったんだ。いつも頑張ってるから」


「…そう……」


「……じゃあ、僕はそろそろ行くよ。無理するなよ」


「ええ、さよなら」


去っていくハヤトを見送る。手元で眩しい程に、羽根ペンがきらきらと輝いている。実際にそうなのか、光に当たっているだけなのか、オリビアの目にそう見えているのか、彼女には判断が出来なかった。


(ハヤト……)


ただただ嬉しかった。彼の優しさが伝わってきて、暖かいものが胸いっぱいに広がる。


「………よし」


オリビアは、気合を入れて教科書を開いた。


次の日、事件は起きた。

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