偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
プリオネ
告白まで編
第1話 天才魔女オリビア
今年も優勝は間違い無しだと言われているのに、追い風にも感じられる暖かな南風が、今日はなぜか黒くじっとりと重い空気を運んでくる気がした。
***
オリビアは黄色いラインが入ったホウキを手に持ち、会場に足を踏み入れた。芝生は青々しく、柔らかい。蹴り上げる場所としては、最適な踏み心地だ。
すでに500人以上の同級生たちが集まっている。会場を見渡し、改めてこの人数は多いわね、と思う。
古来より伝説とされてきた、魔法というものの存在が証明されてから、わずか十数年。
ここプロピネス総合学校のように魔法学を取り入れている学校は未だに少ないため、人気が出るのも仕方の無いことかもしれない。
彼らはその場で足踏みをしたり、ホウキの毛の向きがきちんと揃っているかチェックしている。のんびりと芝生に寝そべり、友人たちと談笑する者もいた。人それぞれ、この大会に懸ける思いは違うようだ。生徒たちを見守るように、教師が会場のあちこちに散らばっている。その内の1人が、オリビアに気付いた。
「ポットさん。あなたのホウキの調子はいかが?見てあげましょう」
「いえ、先生。問題ありません。準備してきましたから」
学校が貸し出す練習用のホウキは、毎回違うものがあてがわれるため、使い勝手がわずかに違う。オリビアは事前にお気に入りのホウキを選び、手入れしておいた。こっそりと相棒と呼ぶこのホウキで、昨年の中等部3年生大会でも栄光を手にしている。
さすがね、と先生に褒められる。オリビアは当然ですと薄く笑みを浮かべて、品良くお辞儀をした。
───天気も良い。ホウキの準備も万全。練習も増やした。それなのに、なぜだろう。胸がざわつく。去年よりも、手の震えが酷い。これじゃあ、緊張していることがバレてしまう。
オリビアは必死に手を握りしめた。ホウキを持つ手が汗ばんでいく。
思ったよりも、なごやかな雰囲気ではないか。自分ほどこの大会に気合いを入れている生徒は少ない。たかだか校内のお祭りイベントだ。誰もが真剣に取り組んでいるわけではない。今年もきっと余裕だろう。1位でゴールして、また皆に凄いと言って欲しい。あの時の拍手は本当に気持ちが良かった。自分なら大丈夫。
そう言い聞かせる。オリビア・ポットは、才能溢れる魔女なのだと。
***
「あっ、いた、1位候補。今日の大会もまたオリビアが勝つんだろ」
声をかけられて、振り返る。ニコニコと立つのは、彼女のクラスメイトたちだ。震えるホウキをサッと背中に隠す。
「そうだよ。ほんと、オリビアみたいな天才がいると自信なくすよ」
「いいなぁ。あたしも100位以内には入りたいけど、夢のまた夢よ」
クラスメイトたちは尊敬の眼差しをオリビアに向ける。
「ふふ…ありがとう」
オリビアは優しく微笑み、肩まで伸びる黒髪をかきあげた。
「オリビア、俺たちの代表として、今年もトップクラスのやつらに実力を見せつけてくれよ!」
普通科の彼らにとって、トップクラスとも呼ばれる特別進学科の生徒を差し置いて優勝を飾った経験のあるオリビアは自慢であった。ホウキレースだけでなく、彼女は全ての科目において、普通科にも関わらず首席の成績を維持している。
「任せて」
オリビアは皆の期待を一身に背負って、ウィンクした。この様子だけなら、誰が見ても余裕そうに見える。自信満々に笑う優勝候補に、クラスメイトたちは尊敬の眼差しを送った。
「さっさと終わらせて、紅茶でも飲みたいわ」
「オリビアも、練習したのか?練習場では1回も見かけなかったけど」
「ちょっとはね。昨日、コースを確認したぐらいよ」
「本当に凄いな。それで1位とっちまうんだから」
じゃあな、とクラスメイトたちが離れたのを確認し、オリビアは目を閉じた。緊張して震える手を擦り合わせ、落ち着かせるために息を長く吐いた。
(ああ、もう。足まで震えてきた。大丈夫。あんなにやったじゃない。みっともないわよ…)
その時、オリビアをいつも気にかける教師が彼女に近付いた。
「オリビア、今朝も見たわよ。裏山で特訓、頑張ってたわね」
オリビアは驚いてパッと目を開き、声の主を確認すると恥ずかしそうに慌てて言った。
「まっ、マリア先生!見てたんですか!?見かけても言わないでくださいってお願いしたはずですよっ」
オリビアはクラスメイトたちに聞かれていないか辺りを見回して、ホッとした。
マリアと呼ばれた女性教師は切れ長の目を細めながら言う。スラッとしている。いつ見ても綺麗にまとめた髪が美しい、とオリビアは思う。
「いいじゃないの。いつも思うけど、どうしてここを使わないで、わざわざ宿舎の裏を飛ぶの?頑張るのは良いことだわ」
マリアが言うように、生徒たちは皆この会場兼、練習場でレースへ向けた練習をしてきた。オリビアはただ一人、誰もいない宿舎の裏山で、早朝や夜に隠れるように猛特訓を重ねていた。
「私は…1位を取ることは、魔法の才能があるからということにしたいんです」
「才能?」
「ええ。だって…マリア先生みたいになりたいんですもの」
オリビアは照れくさそうにマリアを見上げた。
マリアはこのプロピネス総合学校の魔法学の教師で、魔法学が世間に認められる前からその才能を買われていた人物だ。
ここに赴任する以前も、数々の功績を残し、称えられている。
オリビアは、マリアにだけは、クラスメイトには見せることのない年相応の少女の顔になっていた。
「元々の素質で、1位になった方が格好よくありませんか?マリア先生みたいに」
少し拗ねるようにして口を尖らせる。マリアはそんなオリビアを見て、くすりと笑った。
「あなたってほんと、不思議な子ね。努力している姿が、バレたくないだなんて。それほど元からの才能と思われたいなら、こんなに緊張してちゃダメよ」
「あっ…」
オリビアは、小刻みに震える自分のホウキをマリアに気付かれていたことを知り、赤面した。
「大丈夫よ。才能があろうが無かろうが、オリビアは凄いんだから。自信持って行ってきなさい」
マリアが優しくオリビアの肩を叩く。
「…マリア先生みたいに何でもソツなくこなせる方が、格好いいと思うんですけど…分かりました。私、行きますね!」
オリビアはマリアに背を向けた。と、少し振り返る。
「…あ、それと、先生。この間のテレビ、拝見しました。受賞、おめでとうございます。本当に凄いです」
「大した事ないわ。ほら、頑張ってね」
マリアは先日も、魔法学会で魔法学の発展に貢献したとして表彰されたばかりだ。それなのに、まるでなんでもないことのように、学校内でもさらっと受け流していた。
(マリア先生…)
オリビアは、彼女に女性としても憧れを抱いている。若くして教師になったというのに、何があっても落ち着き払っている。どんな時も優しくて、凛としている。まさにオリビアの理想の女性像だ。自分もそうありたくて、クラスメイトの前では一生懸命クールに振舞っているが、本当の自分とは正反対だ。
「あっ、オリビア。そういえば、今日………」
マリアが何か思い出したようにオリビアを振り返るが、すでに彼女はスタートラインへ並ぶため、人波に飲まれて見えなくなっていた。
たった今聞きそびれたこの情報は、例え耳に入れていたとしても、今さらオリビアにはどうしようもない事だった。
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