呼び蓋

彼の世の蓋

——何処か。

  水に反響して、小さな小さな声が届く。

  いつもなら聞き逃してしまうであろう、浅瀬でもがく音。

  様子を見に近付いたのは本当に偶然、近くにいたからなのだが、今思えば『あれ』に引き寄せられていたのかもしれない。

  そんなところでなにをしているの、と問う。

  あなた、ここは終着点じゃないよ。あっちへいかなきゃ。そう言って青い色の深い方を差し示す。

  すると彼はこちらを見上げた。

  俺はまだ死ぬわけにいかない、と言った。

  やっと手に入ったのに、ここで終わるわけにはいかないと。

  『ここ』に訪れてなお意志は強いけれど、ここから向こうへ引き返すことはできない。だめだよ、と諌めようとして、正面に向き直った彼の胸元が不自然に白く光っているのを見る。

 歩み寄って、途方に暮れた顔をした彼の胸にそっと触れる。近くで見ても、確かにそれは間違いなく覚えのある気配。人が触れてはいけないもの。

 大変。

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