第5話 菊池くんは我慢できない

―次の日―


「姫野、ちょっと話がある。来てくれ」


朝の、ホームルームが始まる前、陸が、真面目な顔で杏花のクラスに顔を出した。幸田や、田所は、嬉しさ半分、悔しさ半分みたいな顔をして、杏花が席を立つのを見守っていた。


「なに?菊池くん」


「いいから」


グイッと、杏花の手を引くと、どんどん、北校舎の渡り廊下まで杏花を連れてゆく。


「どうしたのよ、菊池くん!」




むっぎゅ!!


「ひゃあ!!何すんのよ!!君は!!」


「これが無きゃ、朝は始まらん!!」


「何言ってんの!!これは、朝、痴漢から、助けてくれた時のご褒美だったでしょ!?」


「もういいじゃーん!つきあってんだしぃ!俺は、この感触が無ければしんでしまうよ~!!」




顔を赤くして、一応胸を隠すように両腕で覆いながら、そんな甘ったるい声を出す陸を、杏花は睨みつけた。




「何言ってるの!!勝手に死になさい!!人生、楽して生きようたって、そうは問屋が卸さないわよ!!」


「何時代だよ…。お前、今見事に古臭い時代劇のようなセリフを…」


「…うるさいな…。兎に角、約束は約束!!」


「…ならさ、他に条件作ってよ!!」


「はぁ?」


「てか、俺は、そろそろ俺らが付き合ってることを公表したいんだ。じゃなきゃ、いつまで経っても、お互い告白されるし、その度、考えて考えて、もっともらしい理由作るの面倒じゃん…!」


「ちょっと待って。…考えて考えて出した、もっともらしい理由が、『おっぱいが小さい』だったわけ?」


「うん」


「君は一体あの爽やかさと、強さの影に、何を背負って生きてるのよ!!どうすれば、こんなに表裏の違う人間が出来上がるの!?」


「え?俺、表裏一体だけど」


「…。じゃあ、一つだけ聞きたいんだけどいい?」


「え?良いけど?」


「私を、初めて痴漢から助けてくれた時、その助けてくれた理由は、もしかして、私の胸が大きかったからなの?」


「そんなわけないじゃん。女の子がこえー思いしてんのに、放って置くって最低だろう。それは。男として。なに?そんなこと思ってたの?信用ねぇにもほどがあんなぁ…」


「……」


杏花は、久しぶりに、陸のあの爽やかな笑顔と、痴漢から助けてくれた勇敢な姿を思い出した。確かに、あれは作って出せる笑顔と姿ではない。


そんなこと、ちょっと考えればわかったものを、聞いてしまった自分が、杏花は、少し…イヤ、大分、恥ずかしかった…。





「じゃあ、こうしよう!今度お互い告白されたら、お互い、付き合ってることを告白し合う!でどうだ!!」


「まぁ、分ったよ。たくさん痴漢撃退してくれたのは確かだし、助かったしね。でも、振る時に、『おっぱいが小さい』はやめなさいよ」


「解ってる。『微妙におっぱいが小さい』って言う!!」



バキッ!!!



杏花の平手がせっかくのワックスで格好よくセットされた頭をぐしゃぐしゃにした。

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