魔女と人形の喫茶店
小龍ろん
1. 人形師の死
“人形師のバルター匠聖が亡くなりました”
職場で聞き流していた導音機が知らせる言葉に、コトラは耳を疑った。人形師バルター。コトラがよく知る人物だ。
職人気質で付き合いやすいタイプの人間ではない。人形のことになると周りが見えなくなり、その上、頑固。だが、不思議とコトラとは話があった。彼女自身、興味がある事柄はとことん突き詰めるタイプの人間だからだろうか。
(バル爺が死んだ? 何故?)
ラジオの声に耳を澄ますが、聞こえてくるのは彼の死を悼む言葉ばかり。死因について語られることはなかった。
バルターは高齢だ。コトラからすれば祖父と孫ほど年が離れている。それを考えれば老衰であっても不自然ではない。しかし、コトラにはどうしても信じられなかった。
(この前、会ったときには元気そうだったのに)
最後に会ってから、一ヶ月と経っていない。そのときには、最高の人形を作ると意気込んでいた。そのあと、急激に体調を崩した可能性は否定できないが、コトラにはとても想像できなかった。
何故、どうしてと答えの出ない疑問が頭の中でぐるぐると渦巻いている。こんな状態ではとても仕事にならない。コトラは、やりかけの作業をすっぱりと諦めることにした。少し散歩でもしようと、研究所を出る。
研究所の周辺は比較的裕福な人が住まう区域だ。道行く人たちも華やかな服装で着飾っている。一方で、コトラと言えば髪型も服装も地味だ。おまけに化粧っ気もない。けれど、彼女は気にも止めなかった。研究者なんてものは、大抵が興味あること以外には無頓着なものだ。周囲の人を不快にさせない程度に身だしなみを整えれば十分というのがコトラの信条だった。
何とはなしに眺めていた街の景色に明かりが灯る。
魔導灯。魔術工学によってもたらされた人工の明かりだ。一つが灯ると、次々に明かりが広がっていく。管理施設からスイッチ一つで広範囲の魔導灯を制御できるようになっているのだ。
魔術式のランプは古くから存在している。しかし、それを都市全域に配備し制御する技術は、魔術工学の先進国であるマグニルでも、ここ数年で確立したばかりだ。魔導灯の明かりが波のように広がっていく光景は、マグニルの首都であるディベロでしか見られない。
魔導灯の配備に必要なのは技術力だけではないのだ。それを維持できるだけの治安の良さが不可欠だった。
マグニルにおいても、魔術機械はまだ高価。街灯としてしっかりと固定されているとはいえ、他の都市ならば数日と経たず窃盗の被害にあって姿を消していることだろう。ディベロでは警邏隊によってしっかりと治安が保たれているのだ。
街明かりの波に流されるように、バルターの工房へと足が向いた。特に用事があったわけではない。何となく感傷的な気分になって、様子を確認したくなっただけだ。
工房があるのは西側区画の中央街寄り。その周辺は古くからの建物が多く、一部は朽ちかけていたり、取り壊されている。そのせいか、工房が面した通りはかなり寂れていた。
「お前は誰だ! どうしてここに居座っている!」
ふと、そんな怒鳴り声が聞こえてきた。
声は目的地の工房近くから聞こえてくるようだ。喧嘩沙汰だろうか。治安の良いディベロでも、物騒な事件が全くないわけではないのだ。
迂闊に近づけば危ないかもしれない。だが、好奇心が勝った。
コトラは、足音を殺しつつ、ゆっくりとそちらに近づく。少し歩いたその先で、二人の男が言い争っているのが見えた。
「僕は、この工房の持ち主だったバルターの孫です。ここで喫茶店をやってるんですよ」
「孫? そんな話、聞いたことがないぞ! 誰に断って喫茶店なぞやってるんだ!」
「あなたが聞いたことがあるかどうか、僕には関係ないですよ。ここは、僕が引き継いだんです。あなたにとやかく言われる筋合いはないですよね」
一人はまだ若い青年。年はコトラと同じく二十歳くらいか。その顔立ちは驚くほどに整っている。まるで人形のようだと思ったのは、ここが人形工房であったことを知っているからか。首元にはスカーフを巻き、手袋までしている。春前で肌寒い日が続くとはいえ、少し大袈裟だった。寒がりなのかもしれない。
もう一人、男性は帽子を被った年かさの紳士だ。おそらく、四十か、もう少し上といったところ。神経質そうにカツカツと靴を鳴らしている。先程から声を荒らげているのはこちらの男性のようだ。かなり苛立っているように見えた。
「とにかく、ここは僕の店です。客じゃないのならお帰りください」
「ぐ……」
青年の言葉に、帽子の紳士は何かを言い返そうとした。だが、結局は言葉を飲み込んだらしい。帽子を目深にかぶり、
肩を
呟きの意味は気になったが、立ち去った男には、すぐに興味をなくした。それよりも、興味を引かれるのがバルターの孫だという青年だ。
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