王家の動揺

「なに!? 王国騎士団が壊滅しただと!?」


 ルメニア王国王都・リューメルド。その王宮には激震が走っていた。豊かな髭を携えた荘厳な容姿で、国民から篤い尊敬を受けるルメニア王国国王、ボネア・リューメルド・ヴァン・ルメニアは、滝のような汗で袖を湿らせながらも冷静な表情を保っている。

 国防の要を担うクラムデリア近郊の城壁が、東方連邦軍によって全て破壊されたという報せが、壁の内側から攻撃していた後詰めの王国騎士団五百も壊滅という最悪な報せと共にもたらされたのだ。

 『西の渓谷を不法に抜けるもの無し』とまで謳われたほどの城壁が粉々に破壊されたということは、クラムデリアの陥落が間近であることを示している。ボネアの前に居並ぶ家臣たちが一様にありあまる動揺を露わにしているのも当然というものだった。

 ただでさえ数日前にクラムデリア北西部から東方連邦軍が侵入したとの報せを受けたばかりで、その三日後には後詰めとして送った王国騎士団の壊滅という報せが届けば、情報と動揺の渋滞が起こるのは不可避である。

 派遣した王国騎士団は国の中でも屈指の実力を備えた強者揃いだっただけに、ショックは二重にも三重にも覆い重なっていた。精鋭中の精鋭こそ王国には控えているものの、城壁を軽々と破壊したほどの戦力を持った人間の力は常軌を逸している。

 城壁からクラムデリア城までは距離にして10キロほどしか離れていない。敵の襲来まで、僅かな時間しか残されていなかった。

 入念な対策がいとも容易く打ち破られ、ボネアの脳裏に90年前の光景が蘇る。そしてすぐにかぶりを振った。


「至急、同盟国へ救援の要請をせよ!」

「既に使者を送っております!」


 その言葉を聞いて、ボネアは重心を背もたれに預け、僅かばかりの安堵に浸る。先の大戦と一番異なるのは、他の魔族国家との強固な協力関係である。魔族国家はそれぞれが相互の軍事同盟を締結し、人間の侵攻に備えた協力を行っている。戦力に乏しいルメニアも、他国の軍事援助を後ろ盾にすることができていた。


「戦況は逐一伝えるように。それとセルミナには機を見て撤退するよう告げよ」

「はっ、承知いたしました!」


 ボネアは心中でセルミナの身を案じる。酷な役目を押し付けてしまったことに、後悔すら感じていた。

 セルミナは誰に対しても心を砕くことのできる淑女だ。その性格は誰から見ても好ましいものである一方で、国防の最前線を担うには不向きだと、ボネアも当初から感じていた。しかし当のセルミナがクラムデリア辺境伯を継ぐ決意を乱さなかった。それはセルミナ自身が先の大戦でクラムデリアを追われ、その惨劇を繰り返したくないという思いがあったからだ。ボネアはその意志を尊重し、一部の上級貴族の反対を押し切って辺境伯家の家督を継がせた。

 今回の東方連邦軍の侵攻速度を見る限り、クラムデリアを誰が治めていても食い止めることはできなかっただろう。人間の力を舐めていたわけではない。むしろルメニアは先の大戦で主な戦場となり、最も大きな被害を受けた国だ。人間の恐ろしさは誰よりも理解している。

 だからこそ、未知数かつ不透明な戦況にボネアは寒気を感じていた。

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