勇者パーティー

「グレン、今日もカッコよかったわよ」

「フフ、そうだろう。まあ、俺にかかればこの程度造作もない」


 勇者パーティーの女騎士・エリスは、紅潮した頬を携えて勇者を褒め称える。パーティーに入ることになった当初こそ、その美麗な容姿ゆえに手篭めにされるのではないかと警戒していたエリスだったが、全くそんなことはなかった。一切自分に手を出そうとはしてこないし、行動一つ一つに思いやりがある。パーティーの連携強化と称して各地に赴き、その全てが人助けである。ロクな男ではないと踏んでいたエリスは、なおさら好印象を抱いた。

 決して己の欲望を出さず紳士的に振る舞う紅蓮と濃密な時間を過ごすうちに、パーティーが結成されてから半年、エリスはすでに紅蓮の魅力に取り憑かれていた。恋人関係になりたいとすら感じていたが、エリスは魔族討伐を果たすまでは自分の気持ちに封をし、努めて自制している。

 最初はニノミヤ殿と他人行儀だった呼び方もいつの間にかグレンと呼び捨てになり、親しい仲はもはや公然の周知ともなりつつある。


「ねえ、シオンもそう思うわよね?」

「ええ、そうですね」


 感情を失した起伏のない声に、エリスはムッと眉を寄せる。


「あんた、その態度は無いんじゃないの!?」

「エリス、いいんだ」


 激昂して詰め寄るエリスを、紅蓮は苦笑いしながら押さえ込んだ。二人の関係は当初から良好とは言い難く、紅蓮にとって悩みの種となっていた。男戦士のボールズも寡黙で拗れた関係にテコを入れようとする性格でもなかったので、絆という面では課題は山積みとなっている。ただ、紅蓮は圧倒的な力を背景に、簡単にいかない人間関係を楽しむ余裕があったので、如何にしてシオンの心の氷を溶かすか、ゲーム感覚で攻略に挑んでいる様子すら窺えた。


「すみません」


 シオンは元々笑顔の多い少女ではあったが、勇者パーティーへの加入後には別人のように変貌した。

 なぜならシオンが、紅蓮に対し一切好印象を抱いてはいなかったからである。それも当然と思えるような理由が根底にはある。シオンは妹を国の人質に取られ、紅蓮に従わないのならば身柄がどうなっても知らない、と脅しをかけられていたのだ。

 それは紅蓮が直接誘った際に、シオンが断ったからである。シオンは父親を早くに失い、病弱な母に代わって親戚の宿屋で働き、家族を養うための生活費を稼いでいた。そして妹はまだ幼く、自分が居なくなれば養えなくなるためだった。

 紅蓮も事情を理解し、すぐに手を引こうとした。

 しかし国はそれを激しく問題視した。紅蓮の判断一つで国が窮地に立たされる恐れすらあるのだから、国防上当然の懸念なのだろう。

 シオンの拒否が機嫌を損ねる恐れがあると判断し、紅蓮の預かり知らぬところで国が脅した。

結果、シオンは妹の身柄を押さえられ、勇者パーティーに入る以外の選択肢を失う。

 紅蓮はシオンが突然パーティーへの加入を表明したことに疑問を抱いていたものの、「母の体調が快復した」というシオンの言葉を信じて、然程気に留めることはなかった。当然ながらシオンは家族の窮状に追い込んだ元凶である紅蓮に恨みを抱く。

 それゆえに、紅蓮の行動は全てが偽善にしか見えないというのも、当然の帰結であった。 とはいえ、シオンの印象は多くが的を射ている。

 紅蓮の行動原理は、偽善だからだ。

 二宮紅蓮はオタクである。アニメや漫画などのサブカルチャーに幼い頃から触れ、特に異世界モノのライトノベルをこよなく愛し、勇者という存在に一際憧れを抱いてきた。

 そして何度も自分が勇者として世界を救うことを夢見ては、現実との乖離にため息をついてきた。

 妄想の彼方にあったものが、まさか現実になるとは思いもしなかった。それゆえに、自分が勇者として召喚されたと聞いた時は興奮を隠せなかったものである。そして勇者という名前に相応しい魔法の能力を持っていたことは、魔法に対して特に強い憧れを抱いていた紅蓮になによりも興奮をもたらした。

 勇者パーティーを組んで魔王を倒しに行く物語が始まるのだ、と気合十分だった。

 しかし、想像していた異世界とは大きく異なり、魔族討伐とは人間と敵対する様々な非人間国家の従属化を指しており、そもそも魔王自体が存在しなかった。魔王がいないというのはそれほど気にはならなかったが、自分以外の人間が魔法を使えないというのは流石に落胆を禁じ得ない。

 足りないものを補完しあい強大な敵に立ち向かう『勇者パーティー』を形成するための基本要素があまりに欠けていたのだ。

 その上紅蓮は大抵の魔法を規格外な威力、クオリティで放つことができ、正直自分以外の存在は不要というのも、厨二心をくすぐる反面、退屈だとも感じてしまった。

 しかし、自分を物語の主人公と確信した紅蓮は、自らパーティーメンバーを集め、仲間との絆を育て、いずれくる魔族との対決に備えた。

 ある時は生息地から逸脱したドラゴンの討伐、ある時は大規模な火災が起こった街で消化、救護活動を行い、ある時は洪水になった地域で避難誘導や土魔法で堤防を設けて被害の低減に努めたり、この日は山賊の退治を難なくこなした。

 紅蓮はこのように、仲間を大切に扱うことを是とし、周りから評価されるための行動を重ねている。それは転移前に周囲から認められず、暗い人生を送ってきたことが要因なのだが、紅蓮は容姿端麗な少女とお近づきになれ、圧倒的な戦闘能力の獲得、人助けに力を割く自分に酔うことで、承認欲求を過剰なまでに満たすことができていた。

 自分にとっての理想の世界、そう信じて止まなかった。

 そんな中、ついにその時が訪れる。

紅蓮が与えられていた屋敷のあるガリテアの王宮から登城要請が届いたのだ。


「勇者殿、これから属国のメーテルブルクに向かってもらいたい」

「メーテルブルク……。南にある小国ですね。ついに、始まるというわけですか」

「うむ。勇者殿には労苦をかける。しかしこれもガリテア王国、ひいては大陸全土の人間に平穏をもたらすための聖戦である。どうか民のため、戦ってもらいたい」


 ガリテア国王は紅蓮に向かって頭を下げる。三国の中で最も穏やかな性格であったため、勇者と直接話すことが多い。逆に他の二国の王はプライドが高く、若造に頭を下げるなど以ての外、という考え方だったため、両者の溝を生み出さないためにも勇者と直接話す機会は避けられていた。


「もちろん、人々のためならば命も惜しくはありません。魔族討伐は責任を持って成し遂げましょう」

「心強いものだ。既にメーテルブルクには10万の兵が待機しているゆえ、すぐに向かってもらいたい」

「承知しました」


 紅蓮は人間の敵である魔族の討伐を前にして、冷静な声とは裏腹に高鳴る胸を押さえつけていた。

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