突然の転籍
武闘大会で辛くも勝利を果たしてから1週間後。ほとぼりも冷めただろうと見越して再び魔法学校へ戻ったのだが……。まったくもってそのようなことはなかった。
「おい、あいつだよな?」
「そうそう、吸血鬼を倒したっていう人間だろ?」
「すげえな。どんな手を使ったんだ?」
「俺に聞くなよ」
「ま、ドラーゲル侯爵が負けたのを見て俺はスッキリしたけどな」
「おい、そういうのは人のいないところで言え」
などと俺を噂する声が頻繁に耳に届く。嫌われ者であったからこそ、不満が一気に噴出したのだ。
あれからデグニスは一度も登校していないらしい。噂では王都の魔法学校に編入するために既にクラムデリアを発っているなどと言われているが、信憑性はありそうだ。人間に負けるなどという吸血鬼にとっての恥を晒したのだから、いくら上級貴族とはいえ、学校に在籍し続けるのは精神的にしんどいだろう。
ただ、デグニスに煽られていなければ俺が武闘大会に出場することはなかったし、自業自得と言うほかない。だが相当な恨みを買っただろうし、陰で消されたりしないだろうか。
吸血鬼と人間、両者の溝をより深めていた張本人の不在は関係の緩和をもたらし、常にピリついたものが帯びていた空気はぎこちないながらも友好的なものへとシフトし始めていた。
ただ、俺にとっては激しく居心地の悪い状況である。すれ違う人全員が振り向いて視線を突き刺してくるし、それが敵対的ではないにしても快いとは言い難かった。
そのため吸血鬼が校舎を構えるメインエリアを早々に離脱した。向かった人間の校舎でも視線を一身に集めるのは変わらない。しかしながら、これまでは余所者と遠ざけていたものが、畏怖や羨望のものに移り変わっているように感じる。
おそらく、人間でも吸血鬼に敵わないという道理を俺が否定して見せたからだろう。俺への干渉が殆どなかった寡黙なクラスメイトも挙って好意的な視線を向けてくる。好意的、というのはあくまで主観に過ぎないが、刺すような視線がなくなったのはよかったと思う。
挨拶をしてくる者はちらほらいたが、積極的に会話に繋げようという姿勢は微塵も見られなかった。ただ腫物扱い、というわけではないので、居心地は然程悪くない。
「お! シノブ! ついに来たか!」
始業間際になって、ルージュとブラウは駆け足で教室に入ってきた。ルージュの方は息も絶え絶えで、以前『体力バカ』とルージュからも嘲弄を受けていたブラウは息を切らした様子すらない。
「ああ。ようやく復調したよ。まだちょっと身体の節々は痛むけどな」
「無理はすんなよ。でも驚いたぜ。あのデグニスを倒しちまうんだからよ」
「たまたまだ」
「たまたま吸血鬼に勝てるはずないだろ。ま、謙遜は美徳だと思うけどよ」
謙遜でもなんでもなく、あの勝利は偶然の産物に違いなく、挑戦自体がギャンブル同然のものだった。未だにあれがどういった魔法(?)なのかはっきりしていない。
積もる雑談に興じていると、矢庭に教室の扉が開く。
「はーい。席についてね〜」
マーガレット先生はこちらを一瞥し、小さく二度頷き微笑むと、ゆっくりと教卓に上がる。
「今日は新しい編入生を紹介するよ〜」
「編入生?」
教室がにわかにざわつく。俺が編入してきたばかりなのに、しかも新たな学期が始まって既に2ヶ月近くが経過したこのタイミングで?
「編入生と言ってもクラス移動しただけなんだけどね〜。はい、入ってきて〜」
マーガレット先生の間延びした声を合図に、再び扉が開く。すると、見覚えのある姿が目に入った。
「えっ、ミーシャちゃん!?」
思わず大きな声が出てしまうのも仕方ないというものだろう。幽霊でも幻覚でもなく、それは紛れもなくミーシャちゃんだった。俺の驚嘆を聞いて得意げな表情を浮かべたミーシャちゃんは、柔和な笑みと優雅で綻びのない所作でマーガレット先生の横に立つ。
「ミーシャ・ルメニアと申しますわ」
「えっ!? ルメニアって、もしかして王女殿下? どうして殿下がこんなところに!? ちょっ、えっ?」
ルージュがその名前にいち早く反応し、戸惑いを隠しきれない様子である。気持ちは分かる。クラスの面々も一様に目を見開いていた。
「ええ、ルメニア王国の第3王女ですわ」
にこやかに微笑みかけると、ルージュはたまらず視線を逸らした。
「王女だからと肩肘張らず、ただの生徒として接していただけると助かりますわ。それに私は混血ですから、人間の血も引いておりますの。奇妙、不気味に思われる方もいるでしょう。それでもどうか、私がこの場に居るのを認めてくだされば、と思いますわ」
まさかクラスメイトの前でハーフであることを公言するとは思わなかった。自惚れかもしれないが、俺がデグニスに勝利したことで、一歩踏み出す勇気を与えられたのかもしれない。
人間の国でどのような扱いを受けているかは定かではないものの、この国の人間にハーフだからと差別する思想はない。だからこそ人間のクラスならば学校に通えると踏んだのだろう。それでもこうしてカミングアウトするのには相当な勇気を振り絞ったはずだ。
ミーシャちゃんが頭を下げると、控えめに拍手が起こる。それは王女と同じ学舎で学ぶことに対する戸惑いや緊張を多分に含んでおり、少なくとも追い出そうと考える者はいないようだった。
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