第24話 別れと約束

「とりあえず、明日バス乗って——途中で新幹線に乗り換えて両親に顔を見せたらすぐに村に帰ってくるつもりです」

「なら早めに寝なきゃね!もうすぐ日付変わっちゃう時間だし、早起きするなら早寝しなきゃ」

 そう言って、部屋の灯りを消しみんなで布団にもぐる。

 昨日よりも三人でくっついて寝た。今日はリュウを真ん中にして。

 疲れていたのか、すぐに眠気が襲ってきて眠りにつく。俺よりも先に、ジョニーさんとケイは寝ついたようだ。微睡みの中、寝息が聞こえてくる。

 布団の中で、リュウがそっと手を握ってきた。

「リュウ……眠れないのか?」

「うーん、そもそも眠りを必要としない状態だし、ずっと寝てないよ。寝てるフリしてただけ。人恋しいのかな。なんか自然と手握ってた」

 そっか、とだけ言い、俺は眠気が限界だったため、薄れゆく意識の中でおやすみと言い眠りに落ちた。おやすみ、ナオ。とリュウの声がギリギリ聞こえたような気がした。


 翌朝、空が白み始める時間帯に目覚めた俺は上半身だけ起こしてボーッとしていた。

 ジョニーさんもケイも、まだ寝ている。流石に時間が早すぎたのかもしれない。しかしお墓の荒れ具合を見ていないため、どれだけ時間がかかるかわからない。俺だけでも先にお墓に向かった方がいい気がする。

 ふと、隣にリュウがいないことに気付き、焦った。寝ている間に俺には見えなくなってしまったのか?ちゃんとしたお別れもしていないのに?そう思っていると、リュウが部屋に入ってきた。


「あれ、ナオ起きるの早いね。おはよ」

「リュウ——起きたらお前がいないからすっげえ焦ったんだぞ」

「はは、ごめんごめん。なんとなく自分の身体が気になってさ。部屋に見に行ってた。すぐ戻ってきたんだけど、タイミング悪かったね」


 リュウの姿がまだ見えて安心した。まだ起きない二人を見ながら、先にお墓行っちゃう?と話していると、話し声で目が覚めたのかケイがおはよう——今何時……?と言いながら起きた。

 おじさんもおばさんもまだ起きてない時間だし、あまり物音を立てるのも…ということで朝食は後回しにしてお墓に行くことにした。

 身支度をしていると、ジョニーさんがまだ8割寝ているような状態で洗面所に現れ、「お前ら起きるの早えなあ」と言いながら身支度をし始めた。一緒に行ってくれるみたいだ。

 添える花は、今の時間帯どこの店も開いてないためリュウの家の庭先に咲いている花を少し拝借することにした。事後承諾となるが、恐らく許してくれる——と思う。


 お墓に着くと、全然荒れていなかった。花こそ夏の暑さにやられて萎れていたが、雑草は少ししか生えていない。村の誰かが綺麗にしてくれているのだろうか。


「千枝さん、たくさんの人に慕われてるからみんなお墓の手入れしてくれてるんだろうね。村外から来た僕ですら千枝さんの話、いくつか聞いたことあるし」

「オレも何度か掃除しにきたことあったかな。でもここまで荒れてないってことは、多分トネコ様伝承の時期が来るからばあちゃんに縋りたかった気持ちもあるんだと思う」


 死後、数年経っても村の人から慕われ、頼られている自身の祖母の凄さを改めて思い知った。事実、今回俺が生き残れたのもばあちゃんの力添えもあってこそだ。

 感謝の気持ちを込めながら、四人で雑草を抜き、墓石を綺麗にして花を入れ替えた。

 太陽は完全に登り切って、今は8時前くらいだろうか。

「ばあちゃん、それにみんな。本当にありがとう……」

 墓前で、手を合わせて感謝の言葉を口にする。感謝してもしきれない。

「オレも、ナオにもう一度会えて本当に良かった。もちろんケイも。ジョニーさんに出会えたのも運命だったのかもね」


 リュウの方を見ると、身体が透けてきている。とうとう、その時が来てしまったのか。

「もう限界みたい。薄々感じてたんだけどね。……いろいろと――やりたいこととか、たくさん、あったけど。それでも悔いはないよ。来年のお盆には帰ってくるから——ナオ、会いに来てね」

「当たり前だろ。お前が帰ってくるより先に来て出迎えてやるよ」

 最後には笑顔で見送る。そう決めていたから絶対に涙は見せない。

「ケイ、大学で出会ってから……一番長く一緒に過ごしたよね。友達になってくれてありがとう。もし、ナオがオレの姿見えなかったら——その時は通訳頼むね」

「うん。任せて。僕も龍巳に出会えて——その縁でナオにも出会えて本当に楽しかった。こちらこそありがとう」

「ジョニーさん、ほんの一日だけど……貴方のおかげもあってリュウは生き残れました。本当にありがとうございます。また……会えたら嬉しいです」

「おー。濃い一日だったからもっと長く感じてたけど……お前らと過ごせて楽しかったぜ」

 リュウの身体はもうだいぶ透けていて……身体から小さな光の玉のようなものが天に昇って行っている。


 絶対に泣かない。溢れ出しそうな熱いものを必死に堪えながら、親友を笑顔で見送ってみせる。

 順番に挨拶をしていったリュウは、最後に俺の方に振り返り、満面の笑みで言った。

「じゃあね、ナオ。離れていても——」

「ずっと友達、だろ。またな、親友」

 俺も満面の笑みで返せただろうか。

 お互いに手を振りながら、だんだんとリュウの姿が薄れていき、澄んだ早朝の空気にキラキラと輝く光の数々を残し消えていった。

 光もゆっくりと天へ昇って行き、すぐに見えなくなる。俺だけが見えなくなったわけではなく、ケイとジョニーさんにもみえない、完全に成仏したんだ。


「龍巳、行っちゃったね」

「ああ——交通事故とかで死んだら、あっちで思いっきり殴られそうだから気を付けないとな」


 ケイも俺も、涙は見せなかった。お互い穏やかな顔で、早朝の空を見上げて友人へ想いを馳せる。

 そういえば、お盆には帰ってくると言っていたが俺はそもそも見えない側の人間だ。帰ってきたリュウの姿が見えなかったら——ケイが通訳してくれるとは言っていたが、直接話がしたいに決まっている。


「俗説ではあるけど——一度何かのきっかけで縁が繋がった人はその後見えるようになる、っていうし、もしかしたらナオも見えるようになるかもしれないよ」

「俺様みたいなサイキョーになれるわけではないけど、普通に見えるようになる可能性はある。ここ数日、ずっと龍巳といたわけだしな」


 二人からその言葉を聞けて少し安心した。駄弁っていた中で、ケイが普段どんな風にそういったものが見えているのか聞いたから、少し怖い気持ちもあるのは否定しきれないが、親友と話せるのならなんだって我慢してみせる。

 そういえば、といいケイが懐から御守りを取り出した。

「これ、ナオ用の予備分。すっかり渡し忘れてた——というか会ったときにはもう御守りの効果も望み薄だったからそのままにしてたんだけど……これ持ってれば多分悪霊の類いは寄ってこないと思うよ」

 そう言って、リュウに渡されたあの御守りと同じ見た目のものを渡された。

 肌身離さず持つことにする、と言い大切にしまった。お墓参りも掃除も終わったことだし、リュウの家へ戻ろう、というときにジョニーさんが突然話し始めた。


「龍巳が少し話してたけど。一応話しておこうと思ってな。龍巳が今回、直哉にも姿が見えて生きているのと同じように接してこれたのはお前のお婆さんのおかげだ。それはわかるよな?」

 確かに、リュウが連れ去られた後の話をしていた際、ばあちゃんが力を貸してくれたと言っていた。

 ばあちゃんは、リュウに力を貸す——というより、リュウの身体……霊体と同化のようなものをしていたとのことだ。リュウが成仏した今、ばあちゃんがどうなったかはわからないが、力は——気配は感じる、と。


「俺様なりのサプライズってのをやってやるよ」


 その後、荷物を取りにリュウの家へ戻り有難いことに朝食までいただいたうえ「これ、帰りの電車の中で食べてね」とお弁当を渡された。

 ナオくんのことは、本当に昔から家族のように——自分達の息子のように思っているから。と。


 駅までケイとジョニーさんに見送られ、俺は都会の家へ帰った。

 家に着いた途端、両親が飛び出してきて 無事でよかった、本当によかった、とあの日のばあちゃんのように肩を震わせながら抱きしめてくれた。

 俺は、村であった出来事を全て話した。全て——と言っても、話せないこともあるからところどころ端折ってしまったが、だいたいのことは伝わったらしい。

 母はもちろん、父はトネコ様の力にとても恐怖していた。それは当たり前だろう——故郷からこれだけ離れているのにも関わらず干渉されていたのだから。

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