ひとなつの思い出
かじ
第1話 平穏
これは、俺が体験した一夏 の——ほんの数日の話。
忘れられるわけもなく、絶対に忘れない出来事。
青い空 懐かしい空気を俺は胸いっぱいに吸い込んだ。
燦燦と降り注ぐ夏の光を浴びながら、俺は何年か振りの故郷に戻ってきていた。
見渡す限りの緑。田んぼや畑、四方を山に囲まれた土地。
今や高齢者の人数の方が多くなってしまった故郷の村。
昔のことを思い出しながら、村唯一の外部への公共交通機関である無人駅を後にした。
高校一年生の途中で親の転勤のため、遠い都会に引っ越すことになり それきり一度も足を運ぶことがなかった。
嫌な思い出や場所があるわけではない。むしろ良い思い出・楽しかった思い出や大好きな友人達で子供の頃の思い出は埋め尽くされている。
しかし、遊ぶ場所は山か田んぼのみだった子供時代を過ごした俺は、新しい土地での近代的な建物や人の多さなど——目に入るもの全てが新鮮で夢中になっていった。
中学に上がる頃には電車に乗って、故郷の村よりは少し栄えた隣の市まで遊びには行っていたが、比べ物にならない歴然とした差があったからだ。
そして、新しい学校でできた友人達と遊ぶ、故郷では体験したことのない生活にどんどんとのめり込んで行った。
たまに来る故郷の友達たちからのメールや電話もだんだん疎かになっていき、今では生まれた時からの幼馴染である親友とたまにメッセでやりとりするくらいだ。
三年前、頑なに村から出ることを拒否して一人で暮らしていた祖母が他界した時も、大学受験を控えていた俺は、故郷で執り行われた葬式に出ることができなかった。
何度か入院先の病院には見舞いに行ったが、それだけだ。俺が見舞いに行くたびに、祖母は喜んで、大きくなったねえ、と言っていた。記憶の中の祖母と比べて、どんどん祖母は小さくなっていた。
そして無事第一志望の大学に受かった俺は、ゼミやサークルでの飲み会・バイトなどで大学生活を大いに満喫しながら、大学生活三回目の長い夏休みを迎えていた。
そんな中、夏休みを直前に控えていた折、突然両親から頼み事をされる。
「直哉ごめんね、今年おばあちゃんの家まで代わりに行ってくれない?お父さんもお母さんも仕事で行けそうになくて…」
親から交通費と少しのバイト代替わりのお金を貰い、お墓の手入れや今や無人となった父の実家の掃除をするため、故郷で夏休みのうちの数日を過ごすことになったのだ。
懐かしい風景を眺め、昔のことを思い出しながらアスファルトで舗装されていない道を数日分の荷物を抱えながら歩き、子供時代を過ごした懐かしい家へと向かった。キャリーケースにするか悩んだが、この舗装されていない道を引いて歩くのは嫌だったので、最低限の着替えだけを詰め込んできた。
コンビニ———といっても個人経営のもので夜七時には閉まる———は家と逆方面なので、来る途中で乗り換える際に買った飲み物や食べ物が少し重い。
——そういえば誰も住んでいないのだから、電気やガスも通っていないんじゃ……と今になって気付いた。
勿論、村の中に銭湯なんてものは記憶の限り無いので風呂に入りたければ誰かしらの家にお邪魔することになる。
……まあ、一日くらい風呂に入らなくても死なないしいいか、と考えているうちに目的地に着いた。
最後に見たのが引っ越す前、高一のときということは五年振りということになる。
五年振りが最近になるのか久しぶりになるのかどうか、基準がわからないが五年振りに見た故郷の家は庭先の雑草が伸び放題になっている以外は少しも変わっていなかった。
親から預かっていた鍵を鞄から取り出し、5年ぶりの家へと入る。
去年の夏も親が———どちらが行ったのかは忘れたが———掃除に来ているため、そこまで汚れていないだろうと思っていたが一年経つだけで結構埃っぽくなるものなのだな、と思いつつ、荷物を玄関から入ってすぐの居間に置き、とりあえず今夜寝るための布団を押し入れから引きずり出して庭に干した。
一番気になっていた水の入手は、家の裏の井戸から直接引いているおかげで難なく蛇口から確保できて安心する。
発見した箒で畳の上の埃を掃いた後、雑巾で畳・床・机を拭いて回り、ひとまず今日過ごすことになる範囲は掃除できたか——というところで腹が鳴り、腕の時計を見ると昼食時をとっくに過ぎていることに気付く。
朝の十時頃に駅に着いたはずだから、移動時間を考えても四時間近く掃除に没頭していたらしい。
土地の気候もあるだろうが、やはり緑に囲まれていることもあってか——同じ夏なのに都会の夏とは気温が全然違い、あれだけ熱心に掃除をしていたのに汗をほとんどかいていなかった。
明日も使うことになるため、掃除道具は適当に片付けて少し遅めの昼食を摂ることにした。
事前に買っていたおにぎりを食べながら 晩飯はコンビニまで買いにいかなきゃな~とスマホをいじりながら考える。
『ナオ』 『リュウ』
楽し気に笑いあう、幼少期の記憶だ。
俺と、リュウと、誰か。三人は笑いあって、楽しそうに話をしている。
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