メアリ・ポピンズと長靴下のピッピの奇妙な冒険

きうり

本編

   1

 ある日、メアリ・ポピンズと長靴下のピッピは、図書館で出会いました。そこで、二人は偶然、棚から一冊の不思議な本を見つけました。本の表紙には、キラキラと輝く文字で『世界中の不思議な場所』と書かれていました。

「ねえ、これを見て」

 メアリが言い、本を手に取ります。ピッピも興味津々で、

「すごい。どんな場所が書かれてるの?」

「虹色の世界や海底の宝石の城、魔法の湖や星の王国など、見たこともない不思議な場所がたくさん載っているわ」

 とメアリが言いました。

「それはすごい! 私たち、行ってみなくちゃ」

 メアリは微笑んで、

「では、この本に書かれている場所に行くことにしましょう。どんな冒険が待っているか、楽しみだわ」

 と言いました。

 二人は、本に書かれた場所への旅に出ることを決め、本を借りるとわくわくしながら図書館を出ていきました。


   2

 メアリ・ポピンズとピッピは、本をたよりに、そこに最初に書かれている「虹色の世界」への旅を始めました。しかし、その場所に行くためには、奇妙な道筋を進まなければなりませんでした。

「次はどこに向かうの」

 と、ピッピが尋ねました。するとメアリは空を指さして、

「虹色の世界へ行くためには、まず、ここから雲の上に行かなくてはならないわ」

「雲の上ですって? どうやって行くの?」

 ピッピが驚いて聞くと、メアリはポケットから傘を取り出し、「これで行くのよ」と言いました。

「え、傘で!」

「そう、この傘で風に乗って雲の上へ」

 二人が開いた傘にしがみつくと、ふわりと浮き上がり、空を飛び始めました。そしてそのまま雲の上に着陸しました。

「ねえメアリ、これって本当に夢じゃないの?」

「もちろん、夢じゃないわ。これは本に書かれていた冒険なの。さあ、このへんに虹色の世界への入り口があるはず」

 とメアリが言いながら周囲を見回すと、雲の中に浮かぶ大きなクッキーが目に入りました。

「あ、あれはクッキー! 食べてみようかしら」

 興味を持ったのはピッピです。しかし二人がクッキーに近づいていくと、その中に小さなドアがありました。

「あれは何?」

 とピッピはクッキーに手を出すのを躊躇して尋ねました。するとメアリは、

「どうやら、虹色の世界へ行くためのドアのようね。ここから入って行くのよ」

 二人は、ドアを開けて中に入りました。すると、そこは虹色の世界が広がっていました。雲の上のはずなのに、そこはまるで地上のような世界が広がっていたのです。地面には虹色の石畳が敷かれ、家も全てが虹色。さらに、そこに住んでいる人たちの服装も全て虹色でした。

 メアリと長靴下のピッピだけが、虹色の服を着ていません。街では好奇の目で見られ、やがて一人の警官に呼び止められました。警官の制服ももちろん虹色です。

「君たちは地上の人間か? 自分で空も飛べない連中が何をしに来た」

 と警官は横柄に尋ねてきました。

「え、ここはみんな空を飛べるの?」

 とピッピが尋ねると、警官は、ふわっと浮き上がって家の屋根くらいまで飛んでみせました。

「そうだよ、ほら。空を飛べないのはお前たちくらいだ」

「それはちょっと悔しいわね」とメアリが言いました。「でも、ピッピはもっと高く飛べるわよ」

 そこでピッピは、持ち前の身体能力を活かして力いっぱいジャンプしました。彼女の全力の跳躍によって、警官の何倍もの高さにまで到達したので、警官や虹色の世界の住人たちはみんなびっくりです。

「私たちがどうやってここに来たと思ってるのかしら」

 次はメアリが、傘を使って空中浮遊してみせました。虹色の住人たちはあっけにとられ、着地した二人に拍手を送りました。彼らも、空を飛べるとは言っても、二人ほどの高さまで飛ぶことはできなかったのです。

「君たちはすごい。まさか魔法を使えるのか」

 と住人たちは驚いていました。

「私たちには、いろんな特技があるのよ」

 とメアリが自信を持って言いました。

 こうして二人は虹色の世界の人たちとすっかり打ち解けました。そして帰ろうとした時、住人の一人からこう言われました。

「それほど高く飛べるなら、虹色の世界のさらに高い上空にあると言われている宝物も持っていけるかも知れないね」

「宝物ですって!」

 反応を示したのはピッピでした。そこで二人は、また傘に乗って空中浮遊。だんだん雲もなくなっていった頃、ぽつんとピンク色の雲が浮かんでいるのが見えました。

「メアリ、あれは何だろう」

「何かが光っているわね。あれが宝物かもしれないわ」

 二人が近づいていくと、雲の上にはきれいな虹色の貝殻がありました。

「これは、とても素敵な宝物ね」

 ピッピが言いました。二人は住人たちには内緒にして、虹色の世界をあとにしました。


   3

 メアリ・ポピンズと長靴下のピッピは、図書館で見つけたあの本を頼りに、今度は海底にあるという宝石の城を目指すことにしました。

「海底には、どうやって行けばいいんだろう」

 砂浜でピッピが考え込んでいると、

「海底には、潜水艦に乗れば行けるわ」とメアリが答えて、「私の鞄の中には、万能のアイテムがあるわ。それで、潜水艦も作れるのよ」

 と、鞄から何かを取り出しました。

「すごい! でも、これって本当に潜水艦になるの」

「そうよ。私の鞄には、すべてのものが入っているの」

 メアリは、取り出した何かを海水に浸しました。すると、それは水分を吸ってみるみるうちに膨らみ、潜水艦になりました。

「わー、これは本当に潜水艦になった」

 ピッピが叫びます。二人は潜水艦に乗り込みました。海に潜ると人魚たちがいて、驚いていました。

「すごい。あなたたちには、どこでも行ける力があるのね」

「こんにちは、人形さん。私たち海底の宝石の城に行きたいんだけど、行き方を教えてくれる?」

 ピッピが尋ねると、人魚は教えてくれました。

「この下にもぐっていくと水のトンネルがあるわ。そこから行くことができるわよ」

「ありがとう」

 二人は潜水艦を出発させ、人魚たちが教えてくれたトンネルを通って海底に向かいました。

 次に、二人がたどり着いた海底には、美しい宝石がたくさん飾られている、誰もいない城がありました。二人はそこを探索します。

「ここには誰もいないみたい。でも、こんなに美しい宝石で飾られた城から、どうして人がいなくなったんだろう」

 とメアリは不思議そうに言いました。

「でも、誰もいないってことは、宝石も自由に見れるってことだね」

 ピッピはキラキラ輝く宝石を見ながら走り回ります。

 その後、二人は地下へと続く長い長い階段を見つけました。それはきちんとした石段ではなく、地下に穴を掘りつつ、掘り進みやすいように即席でこしらえたものがそのまま残されたかのようなものでした。そして螺旋状に続いていて、何十回もぐるぐる回りながら深く潜っていきます。

「なんて長いんだろう、疲れてきたわ」

 メアリはピッピと一緒に階段を下りながら、ぼやきました。

「本当だね。ねえメアリ、海底の城よりもこんなに深く潜っていって、帰ってこられるかな」

 ピッピが心配そうに尋ねますが、メアリは「大丈夫」と答えました。

「私たちは冒険をしているのよ。この階段を降りた先に何が待っているか、楽しみにしましょう」

 二人がドキドキしながら階段を下りていくと、そこは海底よりもさらに奥深い、地下の世界でした。

 そこには真新しい宝石の宮殿があり、豪華な宝石をたくさん身にまとった人たちが住んでいます。

「なんと、地上の世界から来たんですか! 私たちは宝石の国の住人です」

 と、その人たちは名乗りました。彼らは、この宝石の国の城に住んでいる王族だそうです。

「どうしてこんな場所に住んでいるんですか」

 ピッピが尋ねると、その王族は教えてくれました。

「宝石の国は遥か昔から存在していて、昔はもっと上にあったんです。しかし、私たちは新しい宝石を身に付けていないと居ても立ってもいられず、宝石の原石を掘って掘って掘り進んでいるうちに海底に到達しました。でも、いちいち地上に戻って宝石を作るのは大変なので、海底にそのまま住み着いたんです。そして、その後もどんどん掘り進んでいって、地下へと居住空間を移動させたのです」

 二人は驚きながら、宝石の国の王族たちの話を聞きました。

「すごいですね、こんなにたくさんの宝石があるなんて」

 とメアリは興奮気味に言いました。

「ええ、それでもまだまだ掘り尽くしていない宝石がたくさんあります。でも、それでも私たちは生きていくために掘り続けるしかないんです。この国の住人は皆、宝石に目がくらんでいるのです」

 と、彼らは答えました。

 二人は宝石の国の住人たちと話しながら、地底にある美しい宝石の宮殿を探索しました。

 夜には、豪華な宝石の舞踏会に参加したメアリとピッピ。メアリは優雅に踊りをこなし、宝石の国の住人たちから拍手を受けます。しかし、ピッピはうまく踊れず、足を踏んでしまったり、ふざけて飲み物をこぼしたりしていました。

 翌日、メアリとピッピは、宝石の国の住人たちから、次の目的地である、魔法の湖がある森の場所を教えてもらいました。二人は海底の城を出ると再び潜水艦に乗り込み、地上に向かいました。

「ねえメアリ、実は昨日気付いたことがあるんだけど……」

 森へ向かう途中、ピッピは言いました。

「気付いたこと? どうしたの?」

「昨日の夜の舞踏会で、王族の人が身につけていた宝石があったでしょう。その中に、虹色の貝殻がたくさんあったの。それも、虹色の国で空の上の宝物と言われていて、私たちがくすねてきたものとそっくりだったの!」

「なんですって?」メアリは潜水艦を動かしながら首をかしげました。「それは不思議ね。空の上にたくさんあったものが、海の底まで落ちていったのかしら」

「そんなに高いところから落っこちたら、壊れちゃうわ」

「それもそうね」

 メアリはまた不思議そうにしていました。

 ピッピは、空の上からくすねてきた虹色の貝殻を眺めながら、なぜ天空と海底に同じ宝物があったのか、想像を巡らせていました。


   4

 目的の森の中に入ると、不思議な動物たちがいました。ピッピは、ハリネズミのように全身から角のようなものが生えている動物に近づいて、手を差し出しました。

「こんにちは、私たちは旅行中のメアリとピッピです。あなたは何ですか」

「私はユニコーンです」

「ユニコーン! 私、ユニコーンは馬の姿をしていると思っていたわ」

「私は確かに馬の姿をしています。ただ、全身から角が生えているので、どんな姿をしているのかよく見えないだけです。あなたたちはどこから来たの?」

 ユニコーンに、メアリが答えました。

「私たちは宝石の国から来ました。魔法の湖の場所を探しています」

「魔法の湖ですか! それはとても危険な場所ですよ。あなたたちはどうしてそんなところに行きたいの」

「図書館で本を見つけたので、探検したいんだ」ピッピが言いました。「魔法の湖に何があるのか知りたいんだ」

「それなら、私たちが案内してあげよう。でも、その前に私たちの友達に会ってほしい。私たちの中で最も賢い者だから」

 ユニコーンたちが案内し、二人は森の奥深くに入っていきます。やがて、彼らは不思議な姿をした動物に出くわしました。その動物は、ハイエナとカエルを足して二で割ったような姿でした。メアリが尋ねました。

「こんにちは、私たちは旅行中のメアリとピッピです。あなたは何者ですか」

「私はハイエナガエルです。ここは私たちの森です。あなたたちは何者ですか」

 これには、ユニコーンがかわりに説明してくれました。

「彼女たちは宝石の国から来たんだ。魔法の湖を探してるんだよ」

「魔法の湖! それはとても危険な場所だよ。私たちはここに住んでいる間、決して近づいてはいけないと言われているよ」

「でも、私たちは探検したいんです」

「そうか。それなら案内しよう。でも、その前に、私たちのお腹を満たさなければならない。食事をしながら湖に行こう」

 ピッピは大喜びで飛び跳ねながら、「何を食べるの?」と尋ねました。

「私たちは蛍光色のキノコを食べるんだよ」とハイエナガエルは答えました。途中で生えていた蛍光色のキノコを皆で食べながら、二人は、二頭の不思議な動物たちと一緒に森を抜け、やがて目の前に魔法の湖が広がっているのを見つけました。湖の水は透き通っており、魚たちが自由に泳いでいました。

 すると突然、湖の中から巨大なカニが姿を現して、にやにや笑いながら話しかけてきました。

「やあやあ、年寄りのハイエナガエルと、ぜんぜん馬らしくないユニコーンじゃないか。それに今日は、おかしな人間の女が二人もいるんだね。この魔法の湖に何の用だい?」

 ここに来た経緯を説明すると、巨大カニは笑いました。

「物好きな人間だね。確かにこの魔法の湖には秘密があると言われているよ。湖の真ん中に小島があるだろう? そこの小さな社の中に宝物があるらしい。でもそれは、触れちゃいけないものなんだ」

 と言ってカニは湖の中に戻っていきました。

「触れないんじゃ仕方がないね。帰ろうか」

 二人はその夜はハイエナガエルのところで休むことになりました。

 しかし、どうしても湖に近づいてみたいというピッピの好奇心は抑えきれず、彼女はメアリを起こして、夜中にこっそりと湖に向かうことにしました。

「やっぱり来ちゃったんですね」

 と、ユニコーンが言いました。ハイエナガエルの家の外で、ピッピが来るのを予想していたようです。

「私たちは魔法の湖を見たいんだ。どうやって入り口を見つければいいの」

 ピッピは興奮気味に尋ねました。

「入り口は、滝の近くにある水晶の岩の裏にあります。そこから入っていくと、湖の地下に洞窟があって、それが社の床下までつながっています」

「分かったわ。ありがとう、ユニコーンさん」

 と、ピッピとメアリは礼を言いました。

 二人はユニコーンから教えられた通りに、滝の近くにある水晶の岩を探しました。その裏に、言われた通りに洞穴があり、それは地下へと続いています。

 メアリとピッピはついに魔法の湖の中央にある社へ着きました。社の中に、床下から入り込みますが、宝物殿の扉には魔法で封印がしてありました。

「タッタカタ!」

 メアリが呪文を唱えると、その魔法は解けました。

 すると、突然、近くに隠れていたあの巨大カニが、彼女たちに襲いかかりました。びっくりしているメアリとピッピに、巨大カニは言いました。

「魔法を持っているやつが封印を解いてくれるのを待ってたんだ。この宝物殿には世界の秘密が隠されているお宝があって、そのお宝に触れると永遠の絶対者に会えると言われているんだ」

「宝物を盗む気ね!」

 ピッピはそう言うと、持ち前の怪力で巨大カニを投げ飛ばしました。そのあまりの強さに、カニはそそくさと退散してしまいました。

 邪魔者がいなくなったので、メアリとピッピは宝物殿を覗き込みました。そこには小さな樹木が一本生えているだけで、特に宝物らしいものは何もありませんでした。

「あれが秘密なんだって、不思議だね」

 帰り道、ピッピはメアリに言いました。メアリは「そうね、何からなにまで不思議な森だわね」と答えました。

 翌日、二人はハイエナガエルとユニコーンにお礼を言うと、最後の目的地である「星の王国」への道を尋ねました。するとハイエナガエルは答えました。

「なんと! 次は星の王国に行くのか。君たちは本当に物好きだね。この森の奥に、とても長いハシゴがあるからそれを上っていくと行けるよ」

「どうしてハシゴがあるんですか?」

「それは誰にも分からないんだ。きっと遠い昔に誰かがかけたんだろうね」


   5

 森の奥には、本当に長いハシゴがありました。メアリとピッピがそれを上っていくと、どんどん空に向かって上っていく形になりました。

「メアリ、私たちまた虹色の国に着いちゃうんじゃない?」

「でも、この上には雲がないよ」

 二人はそう話しながら上り続けました。ハシゴは、雲がひとつもない真っ青な空の果てまで延びています。やがて夜になり、空に星がたくさんまたたき始めました。星明かりがあるとはいえ、二人はだんだん手元も足元も見えなくなってきて、本当に星の王国に行けるのだろうか? と心配になってきます。

 すると、そこで不思議なことが起きました。夜空がひっくり返って裏返り、ハシゴを上っていた二人の体も回転したのです。

(落ちる!)

 と二人は思いましたが、気が付くと次の瞬間には、二人は夜空の真ん中に座り込んでいました。

「メアリ、私たち宙に浮いてるの?」

「違うわ。見えない地面があるのよ」

 だんだん目が慣れてくると、二人はドアが近くにあるのを見つけました。開けて入ってみると、その向こうはネオン街でした。

「ようこそ、星の王国へ! あなたたちがずっと上ってくるのを見ていました」

 王国の住人たちが、二人を迎えてくれました。住人たちは皆、星の形をしたかぶりものをしており、街中のネオンも全て星の形です。「ああ、ここが星の王国なんだ。ようやく着いた!」とピッピは感動しました。

「さあ、久しぶりの地上からのお客様です。王様がお待ちですので、宮殿へどうぞ」

 住人たちが二人を招待し、宮殿に着くと、星の王国の王様に謁見することになりました。

「よく来てくれた。それにしても、どうやってこの国への道を見つけたのかね」

 王様に問われ、図書館で見つけた本を頼りに、虹色の国、海底の宝石の城、魔法の湖などを巡ってきたことを二人は話しました。王様はとても驚いていました。

「なんと! その全てを巡ってきたのか。ではここに到着して、君たちは人間の全てを見たことになるな!」

「人間の全て?」

「そうだ。魔法の湖の中に生えていた樹木を見ただろう? あれは世界樹と言って、全世界の全ての植物とつながっている。上に向かって成長せず、地下に向けてひたすら根を張り続ける樹木だ」

 二人は驚いてしまいました。あの、巨大カニを追い払ってたどり着いた樹にはそんな秘密があったのです!

「でも、根を張り続けていたら、いつか地面がいっぱいになっちゃいますよ」

「その通りだ。だから、あの樹の根は、下からどんどん地面を押し上げているんだ。人間にはとてもたどり着けないほどの、地中の奥深くから……。君たちは、宝石を掘り続けている、欲望に取りつかれた海底の民と会っただろう。彼らは自分たちが地中の奥深くへ掘り進んでいると思っているが、実際には地面の方が空に向かって押し上げられているんだ」

「そんな。じゃあ、地面がいつか空にくっついちゃう」

 とても想像がつかない様子で、ピッピが言いました。そろと王様はその通りだ、と頷きました。

「地上の人間が気付いていないだけで、本当は昔からずっとそうやって、大地は空に向かって膨らんでいるんだ。だから、いま地上や地底にあるものの中には、大昔は空の上にあったものがたくさんある。ときどき、鳥の化石が地中から発掘されるのもそのためだ」

 それを聞いて、ピッピとメアリは顔を見合わせました。あの虹色の貝殻のことを思い出したのです。では、これから長い長い時間をかけて、あの海底の国と、雲の上の虹色の国はいつかドッキングするのでしょう。

「これぞまさに、人間だ。上へ、上へと理想を追い求めているが、実はそれはただの欲望で、自分たちが本当は上昇しているのか下へ掘り進んでいるのか分からないのだ。そしてこの星の王国は、虹色の王国をひっくり返した場所にある」

「はい、私たちがここに来るときも、空がひっくり返るような感じがしました」

「それもまさに、人間だ。理想を追い求めるには自由が必要だが……人間は必ずいつか気付くのだ、理想を完全に叶えることなど不可能だと。そこで人間はどう考えるかというと、『自由を求めることがすでに不自由なのだ、自由にも不自由にもとらわれないことが自由なんだ!』と、誰もが判で押したように同じことを考えるのだ。この世界に、既に自由と理想は実現しているのだ、とな。そうやって、天空にある理想が裏返った場所こそが、わが星の王国なのだ」

「すごい! よく分からないけど、ここは理想郷なのね」

 ピッピは感動しましたが、王様は首を横に振りました。

「しかし、そうではないのだよ。この世に既に理想が実現している? そんな馬鹿な。人間の住む場所に理想郷などない。自由も、正義も、全てが人を傷つけるもとであり、人間のいる場所には必ず罪がある。そしてそのことに気付いたとき、人間はようやく生を得るのだよ。魔法の湖の中央にある、小さな樹木のように……そして、この耐え難い世界で独りぼっちで耐えつつ、あくまでも根だけは強固に地中へと張っている、ひとつの生命として。これぞまさに人間だと思わないかね?」

 ピッピはなんだかよく分からず、ぽかんとしていました。メアリは分かったような顔で聞いていましたが、ここだけの話、あとで二人きりになったとき、彼女も「よく分からなかったけど、少なくともここは理想郷ではなさそう」と言ったのでした。

 王様の話はともかく、その夜、星の王国では二人を歓迎するパーティーが開かれ、メアリとピッピも喜んで星の王国の人たちと踊りました。彼らの踊りは、天球の星の動きそのままでした。

「私、こんな楽しい踊りを体験したことがないわ」ピッピは大はしゃぎでした。「これは最高だね!」

 パーティーが終わると、「夜が明けるとこの世界は消えてしまいます。その前に地上にお送りします」と、王国の住人たちは二人を送り出してくれました。メアリはおおぐま座に、ピッピはこぐま座に乗って地上へと下りていったのでした。

 これで、二人の冒険の旅はおしまいです。メアリとピッピは星空を眺めながら地上へ戻り、思い出に残る旅を終えたのでした。


(おしまい)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る