粗悪な兵器たちの話
戦況は悪化し支給される兵器の質もどんどん落ちていった。例えばおれだ。おれはサゴ。35番という個体番号が割り振られているので勝手にサゴと名乗っている。名も無きヒト由来ニンジャ型兵器が名乗ることがそもそもおかしい。
おれは人間を使って作られた兵器らしいが、ニンジャになる前のことは覚えていない。直近の戦闘で焦げたグローブをむしりとり、初めて自分の素手を見た。全く覚えがない形だった。青白い細い指。つやつやの爪。手の甲に印字された35という数字だけは覚えがある。ほかの部分も見たくなって耐刃仕様の袖も苦労して引きちぎって、胸部装甲も外そうとしたらロサに止められた。
「一応僕も男なんだ。むやみに肌を露わにするのはやめて欲しいね」
四角い白い箱。こいつはよく喋る。63番と箱の正面に印字されているのでおれがロサという名前をつけてやった。角が丸くてつやつやした箱にはつなぎ目一つ無いのにロサはどうやっておれの姿を見ているのだろうか。
「どうやって?精神感応だよ。僕にはもう目なんて無いけどサゴのだらしない姿も塹壕の惨状も全部わかってるよ。ああ臭くてたまらない!最低だここは」
確かに友軍も敵軍もみんな動かなくなった。臭いはよくわからない。頭を覆うヘルメットとマスクを外したらわかるんだろうか。
「やめた方がいい。それより酒があるみたいだ。サゴが好きなやつ。持ち主は死んでるな、もう……」
貰ってしまおう。ロサはおれの思ってることがわかるみたいだ。だからおれは喋る必要がなくて楽だ。
「みたいじゃない。全部わかるんだ。サゴの素体が日本酒を好きだったこともわかる。スルメが好物だったこともわかってしまう」
するめ。それは知らない。おれはロサの箱から伸びる背負いひもをたぐり寄せた。ロサには手も足もないのでおれが運んでやる。ロサの仕事はおれに背負われて、おれたちニンジャには見えないもの見て、聞こえないものを聞くことだ。
「僕は生きたレーダー兵器だ。おいサゴ、右足の機能が損傷してる。気をつけて歩け」
素手で触れると塹壕の黒い土は湿って冷たかった。右足を地面につけると足首が外側に曲がって、天地が反転した。ロサの箱がおれの下敷きになって軋む。バチと怖い音がした。
「気をつけろって言っただろ。僕の箱にヒビが……」
立ち上がろうとぬかるみを掻くが右足が重たくしびれて動けない。
「サゴ!」
ふわりと体が浮いて指が空気を掻いた。光の粒が泡のようにおれの体にまとわりついて押し上げている。
「はは……こんな体になってもまだ出来ることが増えるなんて!サゴ、僕の力だ。念力で物を動かせるようになった。それからこんなことも出来る。こんなことも」
倒れた人間たちの間からいくつかの石が浮いて空中ではじけた。ロサの箱が勝手におれの背中から外れて宙に浮いている。63の文字の6と3の間にまっすぐ入ったヒビから光の泡が漏れている。おれの体が空中でくるりと横回転した。ロサの箱も泡をまき散らしながらくるりと回る。なんだかおかしくて笑ってしまう。笑いすぎて息苦しくなってヘルメットを外すと栗色の長い髪の毛が顔にまとわりついてきた。ふと、塩からくて不思議な香りがする何かを口に入れたくなった。
「サゴ、それが君の記憶してるスルメの味だ。君が奪われた名前も思い出も本当はまだ君の脳に記憶されてる。ただ思い出せないようにされただけだ。今の僕には君の脳に施された処置を元に戻すことさえできる」
装甲の下の柔らかい体のように、脳の中にはサゴではない知らない自分がいる。日本酒とスルメの味、それ以外に何があるんだろう。
「だけど僕はそれをしたくない。僕はサゴが好きだ。元の君じゃないサゴが、僕に名前をつけてくれたサゴが」
サゴは好きを知らない。
「それでいい。僕に名前をつけてくれてありがとう。君の知らない君の記憶を知ってしまってごめん」
ロサの言ってることはたまによくわからない。それより酒が飲みたい。ロサも飲めればいいのになあ。
―
倒れた敵兵の背嚢が内側からもぞもぞと動き、布地を突き破って光の泡に包まれた銀色のスキットルが飛び出しておれの手元に飛んでくる。ロサの念力とやらは便利だ。蓋をひねろうとしたが右の人差し指と中指がしびれていてうまくいかない。じっと見ていると勝手に蓋がくるくると回転した。
「君の手足代わりになるのは不思議な気分だ」
たしかに立場が逆転だ。スキットルを傾け、酒をあおる。塹壕の壁に切り取られた細長い空は爆煙で覆われ地獄のように燃えていた。
「もうずいぶん前から君の耳は壊れている。僕の精神感応能力は便利だろ?」
ロサの声しか聞こえないはずだ。援軍はない。そもそもおれもロサも粗悪な兵器だ。ほんの少しだけ道を外れて寄り道をしておしゃかになる。それだけ。
おわり
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