学徒防衛戦⑤

 変身、と同時に全身の傷が癒えていく。ひたいには二本の角が生え、その皮膚は紅色、髪は藍色に染まっていく。目元にはくまの紋様が浮かび上がり、日本より伝わる"地獄の獄卒"へと変貌を遂げる。


「変身」・『逢魔ヶ鬼メアリーオーガ


 夏目の周囲に熱が帯びる。蜃気楼のような空間が景色を歪ませる。尋常ならざるその姿に、ドレッドはごくりと固唾を飲んだ。


「シット、オレ相手に手ぇ抜いてたのかよぉ?」

「心配しないで、こっからは真剣勝負だよ」

「おうおう、マジかぁ!? それなら───」


 消えた。夏目の姿が一瞬にして視界から消失した。次の瞬間、低い体勢で拳を握りしめる夏目が二歩、数十センチ足らずの至近距離に現れる。


「ぐはッっ!!!」

 ドレッドの体がくの字に曲がる。勢い止まらず空中に浮かぶ。体験したことのない怪力、圧倒的な膂力に蹂躙された。


「さて、地獄で踊ろうか」


 床に着地する暇も爆発のうりょくを発動させる暇も与えず、殴る、蹴る、投げる。

 その時、ビクビク震えながら頭を抱え伏していた当時の教師はこう語る「人が空中で止まっていた」。

 何か赤い物体が男の周りを超高速で動いていた。男の身体は常に同じ位置、空中に浮かび上がって固定されていた。


「……………ッ!!!」


 ドレッドは意趣返しのような暴力にさらされ、その骨、筋肉、血管の全てが打撃によって悲鳴を上げていた。

 反撃のいとまか無い。どうにか能力を────と思考を巡らせ藻搔くも、その頭蓋は強烈な殴打によって砕かれる。


 と同時にドレッドの顔面は夏目に掴まれ、先程とは逆。今度はお前の番だ、と壁ごと突き破り中庭の地面へと投げ飛ばされた。


「うがぁッ!!!」

 勢いそのままに地面にぶつかり、ドレッドの背骨と肋骨はその衝撃によって折れた。


 夏目が二階の壁穴からコチラを見ている。薄く閉ざされたドレッドの視界にそれが映る。致命傷、風前の灯火となった身体では出来ることも少ない。


 ドレッドは豆鉄砲にもならない小さな瓦礫片を空に向かって大きく投げた。それは拉致外とも言うべき軌道を描き、夏目に当たるどころか屋上近くまで飛んでいく。


「ナイスコントロール」

 気がつけば近くまで来ていた夏目が声を掛けてきた。ドレッドはククッと笑い、身体の軋む痛みで少し悶えた。


「言い残すことは?」

「オレはもうじき死ぬ」

「だろうね」


 しかしその数秒後、ドレッドは不敵な笑みを浮かべ両手で地面に


「だからよぉ……奥の手を出すぜぇ」


 同時刻、別棟にて男二人の戦闘は苛烈を極めていた。今だ相良の劣勢は変わらず、糸によって身動きが取れない。マンバンはこの状況下で冷静にヒット&アウェイに徹していた。


「くっ、粘っこい戦い方してからに……しつこい男はモテへんよぉ!?」

「モテる必要はありません。好きな人に好かれることが大事でしょう」

「くっ、めっちゃええこと言うやん!」


 軽口を叩きつつつも相良は朦朧としていた。致命傷を避けているが、これ以上持久戦が続けば失血死は避けられない。

(アカン、さすがに血ぃ流しすぎや。いくらなんでも相性悪すぎる。切れへん糸ってなんやねん)


 攻撃を絶えず降り注ぐ。急所、深手を防ぐために相良は短刀ナイフで捌くも、その切り傷は増えていく。


 切断はもう諦めた。だからこそ考えろ、今ワイに出来ること、この状況をひっくり返すための方法を────と思考を巡らせる相良の耳元に突然、巨大な物音が聞こえた。


(……それにしてもやかましいな)

 

 外から聞こえる騒音。中庭に飛び出したドレッドと夏目の戦闘、その地響きが相良の耳を突く。と次の瞬間──────────


「………ッ!!」


 それは僥倖ぎょうこう、過去の戦闘経験から"閃き"にも近い発想が相良へと舞い降りた。


「……しゃーない。の真似はちとしゃくやけど、使えるもんは使わんとな!」

「何か思いつたようですが、そうはさせません」


 相良の異変に気がついたマンバンは一気に距離を詰め、接近戦に持ち込んだ。コイツにこれ以上時間を与えてはいけない。そう判断して0コンマ数秒、腰を据えての戦い。


 相良は短刀に"振動"を付与し、マンバンの苦無を斜め半分に切断する。が、切り落とされた刃先は糸によって戻される。


 十数太刀、武器と打撃の押収。だが、ダメージが蓄積した相良の腰がガクッ、と一瞬落ちた。

 マンバンはその隙を見逃さず、返す刀でその首元を狙う。が─────────。


「掴んだ」


 その腕をガシッと捉えた。相良はそこからスーーーッと大きく息を吸い、マンバンに向かって大きく叫んだ。


「────────ッ!!!」


 、それは空気を揺らす波。物体に伝わる振動。先の樹海、海賊の長であるフロッドが使った音の攻撃。相良はそれをこの土壇場で再現してみせた。


「付け焼き刃、ぶっつけ本番もいいとこやったけど意外となんとかなるもんやな。これが日頃の"積み重ね"ちゅーやつか?」

「………………ッ」


 衝撃を防ぐ暇もなく喰らったマンバンは三半規管が潰れ、硬直していた。今、自分が立っているのか寝ているのかも分からない。


 だから、地面を蹴った。


 周囲にある糸だけを透過させて逃げる。身動きの取れない奴は距離を取った私には手を出せない。と離脱を狙ってとにかく床を蹴った─────次の瞬間、更なる衝撃がマンバンを襲う。


「アホ、"掴んだ"言うたやろ」


 痺れた身体で地に伏すマンバンはなんとか首を動かし視線を合わせる。その先には手の平をコチラに向ける相良の姿があった。


 指向性。技を一度決めた相良は既にその核心を掴み、遠距離の相手にピンポイントで当てるすべを手に入れていた。


「なるほど、"天才"……でしたか」

「正直ギリギリやったで。アンタがもう数ヶ月早く来てたら負けてたやろな」

「………ふふ」


 マンバンは不敵な笑みを浮かべる。奇しくもその姿は、中庭にいた仲間と類似していた。そしてその考えもまた、偶然一致していた。

 

「それでもは終わりです」

「……どうゆう意味や?」

「私と違い、ドレッドは加減を知りませんからね。追い詰められれば─────」

「……? ッ!!?」


 マンバンの言葉が詰まる。その様子を不思議に思ったのも束の間、建物が強烈な地響きで揺れた。

そしてその次の瞬間、相良を含めた生徒、教師、全ての関係者の身体に鏑木の結界が張られた。

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