親と子と絆②

 第一次星間戦争の被害により孤児であった夏目は幼い頃、在来惑星人に育てられていた。

 温和で愛情深い義理の両親。血の繋がった家族を殺され、惑星人に強い恨みを持っていた夏目ではあったが、育て親である二人には懐いていた。


「ねぇねぇパパ、これはなんていう食べ物なの?」

「えーっとこれはねぇ、地球でいう唐揚げ? みたいなものかな」

「どちらかというと竜田揚げじゃない?」

「おー、竜田揚げ……! って初めて食べたけどなんか変な味がするね!」

「あら、ママの手料理は口に合わないかしら?」

「んーん、とっても美味しい!」


 地球人に擬態するため、変身状態の惑星人は身体機能が大幅に制限されている。

 そしてその能力は見た目を変貌させるだけであり、偶像系能力者が使う肉体変化とはまったくの別物である。

 夏目の義両親も例外ではなく、姿形は地球人であっても、その"味覚"や"価値観"は元の状態から変わっていない。


 それら肉体的・精神的な違いから小さな悩みはあったが、それでも夏目は幸福を感じていた。

 もう家族を失いたくない、冷たい食事を独りで食べるなんて嫌だ。くさびのように刻まれた苦しみに比べれば、今の生活は"天国"のように心地良かった。


 それから時は過ぎて中学三年の秋。


「帰ったよー」


 いつものように家に帰ると夏目は台所を覗いていた。いつも夕方頃には母がここにいる。習慣で足を運び、帰りの挨拶を告げるも何故か返事はない。


「ん? トイレ……じゃないか。どっか出かけたのかな? ……おっ!」


 夏目は母の不在に気がつくとコンロの上に置かれていた鍋に近づいた。そこには昔から馴染みのある黄色の竜田揚げ。


 周りをキョロキョロと見渡す。再度誰もいない事を確認するとその一個をひょいっと口に入れた。

 次の瞬間、電流のような感覚が全身を巡り、体の自由を奪う。

 ふらふらと力の抜けた千鳥足でたじろぐ。何とか体勢を保とうとするも痺れで力が抜け、夏目は正面から床へと倒れた。とその時、奥から足音が聞こえてくる。


「上手くいったわね」

「ああ、下手に傷つけると価値が落ちるからな」


 落ちる瞼と薄れゆく意識の中、夏目は最後の力を振り絞り疑問を投げかけた。


「なん……で……?」


 そしてその直後、意識は完全に閉ざされた。


 何時間経ったのだろうか、夏目は気怠げな身体の違和感を感じつつ目を覚ました。と同時に気がつく、自分は椅子に縛られ拘束されている。


 薄暗い場所で周りが見えない。手足が鎖で固定されて動けない。出来ることは助けを求めて叫ぶことだけ。しかしその返事は帰ってこない。


 そして声が枯れて諦めかけた頃、その足音が聞こえてきた。その気配に助けが来てくれた、と夏目は幼い頭で安直な考えを巡らせる。


 しかし、その願いは打ち砕かれた。


 扉が大きな音を立てながら開き、月明かりと共に幾つもの人影が姿を表す。と同時に夏目は理解した。


「………………!」


 首も手足も無い。黒いスーツの襟元、裾、足首からは人間のそれとはまったく別の触手が胴から末端にかけ蠢いている。


η№おいΖ¢№δ¶¡¢”ΓβΑガキが俺達を見て暴れてるぞ

№¢№問題無いφΑΩφ+Γ¢№δ¶¡¢”ΓΑ+あの鎖は地球人ごときがどうこう出来る代物では無い


 そんな連中が数十人、そしてその傍で夏目の義両親はヘラヘラとしながら地球外言語を介して会話をしていた。


「パパ! ママ! どうして!!?」


 その姿を一目見て人類に対し害を成す存在だと、夏目は感覚で理解していた。実の両親を殺した奴らと同じ部類の者だと肌で感じていた。

 でもなぜ、パパとママがそんな連中と一緒に───────。


「どうして? ああ、そういうことか」

「ふふ、どうせ最後ですし教えてあげるわ。あのね、貴方は最初から"商品"としておろす予定だったの」

「………しょ、商品?」

「ええそうよ。最近出来た"特異局"とかいう組織の連中に邪魔されないように、秘密裏に事を進めていたの。そしてその一つが貴方」

「…………」


 夏目はただただ涙を流していた。『無償の愛』なんて耳障りの良い言葉でなく、利益のためだけに育てられていた。

 そんな残酷な現実を受けいられず、夏目は狂いそうな自身の心をなんとか保とうと叫んだ。


「違うッ! パパとママはそんなんじゃない!! きっとそいつらに……化け物に操られてるの!! じゃないと今までのは全部…………」


 その様子に義両親は顔を見合わせ、おかしなものでも見たように笑った。


「あー、何か勘違いしてるようだ」

「そうね、十年近くも姿でいたから誤解させてもしょうがないわね」

「しかし、その必要も無くなった。最後の思い出に見せてあげようか」


 ポカンと不思議そうな顔をする夏目に嘲笑にも似た笑みを見せて二人は呟いた。


「「変身──『解除』」」


 それは化け物共と同じ、触手で作られた異形の姿。その正体を見せつけられた夏目は絶望と同時に、今までの記憶が全てフラッシュバックし、音を立てて壊れていく。


 急激なストレスに肉体は耐えられず、涙と共に夏目は胃袋の中身を全て嘔吐した。


「これで分かってくれたかな?」

:χηιふふ∈ゞ¶µ†№π©お前達の子供が泣いてるぞ?」

「たくもぉ、冗談はよしてよ。こんなチキューのゴミに情なんて無いわよぉ……あらいけない、コッチの言葉で喋っちゃった」

「おい、変にストレスを与えるな。価値が落ちたら困る」

「ごめんなさーい。でもいいじゃない、今まで散々我慢してきたんだからさ、このぐらい」


 夏目は唇を噛んだ。歯が突き刺さり、滲んだ血が少しずつ顎先へと流れていった。

 耐えきれない現実に自我を保つために行った自傷。心を許した存在からの裏切りは深く、夏目を傷つけた。


「……最後に聞かせて」

「あら? 何かしら?」


 そして悲しみや絶望は次第に烈火のごとき感情を作り出す。


「全部……嘘だったの?」

 そして最後の最後、一縷の望みを賭けた質問。されは無情にも、侮蔑にも似た理解の出来ない言語で返された。


「µπ+νπ¢№ρ」

 その姿形は人間とかけ離れており、表情も動きからも意図は読めない。しかしそれでも夏目は、その答えを理解した。


 "鬼"のような怒りが全身から湧き上がる。今まで感じたこと無い程の"力"が血管を沸騰させるように満ちていく。そしてその身体繋ぎ止めていた鎖は────引き千切られた。

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