第三話 混ぜるな危険

混ぜるな危険①

 時刻は夜を回り、店内は賑やかな声で満ちる。四つ角のテーブルに座るは五人。卓上には味付けの異なるラーメン、チャーハン、餃子が大量に置かれていた。


「俺はまだ切り札を残してっから」

「おぉ……! このキムチチャーハン? 極上ッす!!」

「何言うてんねん。お前なんぞ首チョンパで一発や」

〚地球の飯うめ〜〜!!〛

「この味噌ミルクラーメンもアッサリしてて食べやすいですよぉ」

「美味しそう……一口頂戴〜〜!」


 力試しという名の喧嘩は後日改めて、という形で終幕。その後、次任務の引き継ぎを終えた一行いっこうはイヴを加え、当初の予定通りラーメン屋に来ていた。


「柊先輩注文しすぎっす」

「え〜〜? そうかなぁ……?」

「軽く三人前はってます」

「お代は私が出すので大丈夫ですよぉ。その代わり、次の任務はよろしくお願いします♡」


 上司の視線と釘を刺された男二人は、言い争いをピタッと止め、捨てられた子犬のようにプルプルと震えながら餃子を口に運ぶ。


「アカン、管理職ババアの術中にハマってもうた……」

「相良、何も考えるな……考えたら負けだ」


 ジュワッと広がる旨味と肉汁の舌触り、先程まで堪能していたハズの味がしない。それでも腹を満たすため、二人は食事を続ける。


「あの二人はなんであんな感じなんすか?」

「さあ? 仕事しごとぎらいだからじゃない?」

「今回狙う超異物アーティファクトは大変貴重な物なので、場合によってはっちゃってくださいね〜」

「物騒な話だなぁ」


 ぱらぱらの炒飯チャーハンを一口、少し水を含んで飲み込む。これまで、捕獲や制圧を目的とした仕事に従事していた清水はふと疑問を浮かべた。


「任務って"殺し"も含まれるんすか?」

「惑星人が多いですが特殊犯罪者ちきゅうじんの討伐もありますよ。でも"殺し"を含むものは十五年以上前の話になりますねぇ」

「「ババアじゃん」」


 失神しながら器に顔をうずめる馬鹿二人。心配する後輩と笑いながら写真を撮る先輩。和気藹々とテーブルを囲む部下達。


「……………」


 ふと、平和な光景に苦い過去を思い出す。イヴは部下をさかなに酒を一気に飲み干した。



 男の名は"ミライ サカグチ"。褐色の肌に白い短髪。日系人である彼は、スーツ姿に大きなアタッシュケースを持って歩いていた。


 私は現在、極東の島国。日本に来ている。


 南米のとある国で生まれ、私は両親の顔も知らない。そして何かを盗むこと、何かを奪うことでしか生活の出来ない環境の中で私は育った。


 人は産声を挙げた瞬間にカードを握る。そして、与えられた手札を持って人生という賭場に望む。

 私がこうして今も生きているのは、"運が良い"と言う他ない。


「さて、仕事をしよう」


 南米本部から日本に転勤になった今、私は商品を数多くの人に届けないといけない。物流の確保、必要な人員の補充、その他諸々、と猫の手も借りたいほどに忙しい。


 業務を淡々とこなし、南米からアジアへのパイプラインを作り上げる。


 今回の仕事は昔から付き合いのある顧客に商品を渡すこと。既に私はその手筈を整え、人気ひとけの少ない港に着いていた。


「妙だな、いつもは時間ピッタリなんだが……」


 取引先の相手が来ない。闇が支配するような暗闇の時間帯。この場所はコンテナが幾つも積まれ、車が通れる道は限られている。

 そろそろヘッドライトやハイビームの光が見えてもおかしくないハズなのだが、何かがおかしい。


「…………逃げるか」


「ダメです」

 次の瞬間、全身から汗が噴き出した。湿った潮風が首筋に流れる。その判断は決して遅く無かった。しかしそれでも、手遅れだった。


 わらべのような高い声、氷のように冷たい音。その気配に反応し振り向く。そして息つく暇もなく、視界は一瞬にして閉ざされた。


「ッ!? なんっ……だ!!?」

 両目が焼けるように熱い。


「私はイヴ・クライストス。貴方に恨みはありませんが……死んでください」


「やめッ!! 私はまだ────ッ」

 胸を劈(つんざ)く。息が出来ない。心臓は形すら保てず、血が滲む。


「ぐぁ……ッ!!」

 鉄の味が口に広がる。差し迫る命の危機に私は突然、自身の名前を思い出した。


(日本では味覚を司る舌の一部……「味蕾みらい」がたしか……私の名の由来だったか?)


 意味の無い走馬灯と共にサカグチは握っていたケースをゆっくりと落とす。箱に敷き詰められた大量の"薬"は衝撃を受け、床に散って寝そべった。


 男は力が抜けるように膝から崩れ、仰向けに倒れる。ほつれた雲の隙間から月光が少女を照らすと、その姿が潰れた瞳孔に映った。


 人生の終わり、夜風に吹かれる少女。最後の博打相手としてあまりにはかなげで、あまりに"美しい"と私は思ってしまった。だから─────。


勝負、しようコール


 喉に血が溜まり、上手く声が出せていない。そしてそれは遺言にもならない戯言ざれごとに過ぎない。

 それでも心優しき少女は、男が放った挑発に対して返事をした。


日本ここは賭博禁止です。降りますフォールド


 答えに満足したのか男は虚ろに微笑む。沖を進む船の汽笛が響き渡り、潮風の優しい薫りが鼻につく深い夜。少女はゆっくりと瞳を閉じると、神に懺悔を伝え、涙を捧げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る