第一話 未知との遭遇

未知との遭遇①

 永岡ながおか師人しびとは沿岸沿いの道路を自動二輪車で走行していた。体に向かって吹き抜ける爽やかな風と、美しい海の景色が日々の疲れを癒やしてくれる。


 久しぶりの休日に英気を養う。読書やギターといった屋内インドア派の師人も、たまにはエンジンを温めておこうと思い立ったが吉日きちじつ。天気予報の雨マークが嘘のように晴れた。


「日頃の行いだな」


 緑のバイクにアウタージャケット、メットしにもった独り言を呟く師人。気分は上々、ご機嫌に走っていたそんな最中さなかにある一本の電話が鳴った。


『もしも〜し、永岡くんですかぁ?』

「……違います」

 聞き覚えのある声。気怠けだるげで甘ったるい少女の声は耳によく通る。上司が連絡をよこす時、吉報きっぽうはほとんど無い。これは世界共通の社会通念だろう。


『それは良かったぁ。ところで仕事の話なんですけど〜』

「……はい」

『永岡くんが今走っている数kmキロメートル先に討伐対象が予定でしてぇ』

「は?」

『私も予想地点に急いで向かってますので、それまでの時間稼ぎ、よろしくお願いします♡』


 遡ること数時間前、独裁軍事国家・レイド星の国宝である銀の鍵アーティファクトが保護していた建物ごと宇宙生物に捕食された。暴れ回る化け物は星から星へと飛び回り、そして現在地球に向かって飛来中。


 地球が保護観察惑星に指定されているとはいえ、国宝を略奪した外来種を逃したとなれば、侵略政治で有名なレイド星との星間戦争に勃発しかねない。


 未然に被害を防ぐために早急な対応が必要と組織は判断。そしてその白羽の矢が師人に立った。


「あの……今日俺非番なんですけど……」

『地球の平和と休日、どちらが大切ですか?』

「そんなのやすm─────」


 返す言葉を言い切るも無くプーップーッという機械音が耳を突き抜ける。唖然とする脳は状況を理解すると、無意識に叫んだ。


「ざけんなクソババアッ!!!」


 ギアを五速ごそくにアクセルをひねる。速度計は時計回りに動き出し走行距離を加速させる。エンジンは放熱を繰り返して道を蹴る。

 颯爽さっそうと突き進む機体は勢いに乗り、目的地へと足を運んだ。


「……ここか?」

 潮のかおりと波の音がかすかかに聞こえる。端末に送られてきた予想地点。そこへ数分で到着した師人。


 シートから降りてヘルメットを外し、ゆっくりと顔を上げ、あたりを見渡す。


「あ……?」

 師人はすぐに目を細めた。空の向こう側からコチラに近づく丸い影。雲の上に存在する小さな"点"のようなものを発見したからだ。


「はぁッ?」


 初見、野球ボールだいに思えたその影は徐々にその正体を現す。空の彼方かなたから重力によって加速し続ける化け物。形はそのままに、拡大する円。


 鉱物のような皮膚に赤黒あかぐろい霧を身に纏い、アルマジロのように身を丸く固めるその姿はもはや、生物というよりも隕石に近い。


「ちょ、ちょっと待て……デカ過ぎないか?」


 ひたいや首筋にツーッと小さな汗を掻き、己の不幸を悟る師人。


「焦るな焦るな! 産声を上げろ……俺!」


 月とスッポンということわざがよく似合う質量差を前に、師人は一瞬気後れしたが息をゆっくりと整えて落ち着く。今出来ることをしよう、と気持ちスイッチを瞬時に切り変えた。


「『原初の種カオスゲノム』」──《くじら


 哺乳類、地球上で最も大きいと評される生き物。その体長は三十mに近づく種も存在し、他に類を見ない質量スケールの生命体として名をせている。


 そんな海中の巨漢である鯨を、有りったけの変異力を込めて創り出し、そして飛来する災難ばけものに向かって最大最速の火力で師人は放つ。が─────。


「あっ、これダメな奴だ」


 鯨は着弾と同時にプチっとはじけバラバラに消滅。歯が立たない、どころかその威力すら変わらない。


「ふぅ……」


 気がつくとその姿は視界に収まらぬ程に接近し、その距離は残り200とほんのわずか。回避は不可能、まばたきすれば死がそこに。そしてそんな一秒にも満たない刹那の中、ふと師人は呟いた。


「生命保険、掛けといて良かったぁ〜」


 爆炎と爆風が地表と海を吹き飛ばし、形あるものが崩壊する。その圧倒的な威力は他県を含めた周辺に大きな揺れを木霊こだまさせる。

 そして永岡師人ながおかしびとは地面の下に押し潰され、息を引き取った。

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