第12話 スイカ割り

 3年か4年前の初夏のことだった。当時は日本海側に住んでおり、30分ほど自転車をこげば海に行けた。

 私の家から最も近い海岸は砂浜がほとんどなく、荒々しい波に削られた岩だらけの場所だった。普通の人が「海」に求めるビーチなどはほとんどなく、整備もされていないので来る人はあまりない。人があまり来ないということで、ここではいろいろな生き物を見ることが出来る。とくに海辺に生きる鳥にとっては都合の良い生活場所になっている。

 その日は見渡す限り雲一つない快晴で、仕事明けであった私は久しぶりに鳥の写真でも撮ろうと思い立って、カメラと双眼鏡を持って自転車で海に向かった。

 たっぷり太陽を浴びながら海にたどり着き、道から外れた場所に自転車を止めた後、観察スポットの一つに使っている高台に陣取ってカメラを用意した。そこから見える崖の中腹で、ミサゴが毎年巣作りをする。タカの仲間としては中ぐらいの大きさ。濃い茶色の翼と白い腹と頭を持ち、目の周囲から首筋にかけて太い黒いラインが横切っている。木の枝で作られた巣の中にいるヒナはまだ産毛が抜けきっておらず、母親が翼を広げて日陰を作って守っている。

 何枚か写真を撮っていると、足に大きな魚を掴んだオスが舞い降りてきた。母親は受け取った魚を食いちぎり、意外と行儀よく待つヒナたちに分け与えていく。父親は次の獲物を狩るために飛び立っていき、彼が持ってきた魚は瞬く間にバラバラになって、ヒナたちの胃袋に消えていった。


 食事の様子を見届け、私は他に見るようなものがないだろうかと周囲を見回した。ふと砂浜の方に目をやると、そこにいくつかの人影があるのを見つけた。砂浜は私がいた高台からは200mほど離れ、40mほど下にあった。幅が20mほどしかない狭い浜だったが、人が入らないせいでゴミなどもなく、水も澄んで美しい場所だった。

 大学生だろうか。遠目にも若いと分かる背格好の男女が6人ほどいる。それにしてもあんな場所をよく見つけたものだ。

 パラソルなどは設置せず、砂浜に丸い物を一個置いて、その周りを囲んでいる。スイカ割りだろうか。ビニールシートを置かないとスイカが砂まみれになるのではと考えていると

 すぐに一人がバットか何かの棒を手にしたが、スイカ割り恒例の目隠しもぐるぐる回ることもせず、そのまま進んでいって思いっきりスイカを叩いた。だが、当たり方が悪いのか、それとも振り方が下手なのか、なかなかきれいに粉砕できないようだった。暴力的とも言える動作で、5回ほども殴りまくると、ようやくスイカが割れたようだった。

 なんか風情がないなと思いながら見ていると、周りで待っていた他の連中が一斉にスイカに群がった。比喩的表現ではなく、まさに群がるというのがふさわしい動きだった。大学生ぐらいの男女が、1個のスイカに肉食動物のごとく群がってかじりつく。割れたスイカを取って食べるということもせず、そこから動かせないものであるのか、あるいは分けて取ることができない物であるかの如く、文字通り貪り食っている。

 遠目に見てもあまりに異常な光景に愕然としていた私は、自分が見ているのが何かの間違いではないかと思い、先ほどまでミサゴを見るのに使っていたカメラを向けた。ファインダー越しに見ると、砂浜にいたのは確かに若者たちで、顔は見えないのだが、水着を着ているのが分かった。場所からしてみれば何らおかしくはないルックスだ。

 だが、やっていることが異常だ。砂浜にはスイカの果汁がぶちまけられ、時折見える彼らの手も赤い。先ほどのミサゴの子供たちの方が上品に見える光景だった。


 ふと、スイカを貪り食っている一人が後ろを向いた。長い髪をした女性だ。両手で果肉の塊を掴み、それにかぶりついている。口元も真っ赤だ。

 目を離すことができないでいると、その女性が顔を上げ、ファインダー越しに正面から目が合ってしまった。髪が目元に垂れているせいで表情が読めない。女性がこちらを見たままゆっくり立ち上がると、それに気づいたのか数人がこちらを振り向いた。誰もかれもが口元を赤く染め、200m先の私の方を見てきた。

 そこまで来て、私はようやくレンズが光を反射しているのだと気づいた。ミサゴを見る時に注意していたのだが、反対を向いたせいで太陽に当たるようになってしまったのだ。

 私は狙撃された兵士のように身を隠した。自分が見てはいけない物を見たような気がして、彼らが私を探しにやってくるのではないかという恐れが湧いて出た。砂浜の方をもう一度見る気持ちなどあるはずもなく、私は自転車に乗って家に逃げ帰った。それからしばらくは海の近くに行く気がなくなり、そうこうしている内に2度とあの場所に行かないまま引っ越してしまった。

 毎年、夏になってスーパーや八百屋で大玉のスイカを見るたびに思う。あの時に彼らが割って食べていたのは、本当にスイカだったのだろうか、と。

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