第10話 ヤモリ

 夏になると、私の部屋の窓にヤモリが姿を見せる。窓の外をペタペタとはい回り、室内の光に引き寄せられた虫を食べている。

 爬虫類が嫌いな人なら怖気をふるうだろうが、私は気にならないどころか、彼らが好きだった。害はないし、ちょこまかとはい回る姿は愛らしい。家守という名前が付くぐらいなので、昔から好ましい縁起物として受け取る人は多かったのだろう。

 現代ではペットとして飼う人もいる。窓の外にいるヤモリは私が飼っているわけではないが、すぐ外にいるのを見ると、とても親近感がわく。一人暮らしの在宅仕事で人と関わることも少ない私にとって、夜にパソコンに向かっているときに、ふと横を見ると姿を見せるヤモリの存在は、何か良い感情を与えてくれる。そのため、寝るときもわざと卓上ライトをつけたままにして、ヤモリの餌になる虫が寄ってきやすいようにしておくこともあった。

 やってくるヤモリは3匹。一番大きなものは14cmぐらい。そして、12cmぐらいの平均サイズの個体。一番小さいのは5cm程度だ。

 一番大きなものは引っ越してきた年の夏から姿を見せた。もう1匹はその次の年で、最初は大きい奴の半分程度だったが、毎年どんどん大きくなっていった。小さいうちは大きい方がいる時に姿を見せなかったが、体格が大きくなると、距離を取りながらも、同じタイミングで窓に現れるようになった。比べてみると、大きい方はどっしり構えて獲物を待つが、少し小さい方はちょろちょろと動くことが多い。性格や年齢の差が見て取れる。

 新しく小さい個体は今年生まれたばかりのようだ。獲物にありつこうとしているが、うっかり古株たちの方に近づいて追い払われることが何度かあった。殺されはしないかとひやひやしたが、どうやらそんなこともなく、うまい具合に生き延びている。

 ヤモリたちにとって、私の部屋の窓はとても都合が良い生活の場になっている。3階でベランダがない側なので、猫に狙われることもない。鳥も夜には襲ってこないし、昼間のうちに隠れる場所はいくらでもある。

 ニホンヤモリの寿命は、飼育下ならば10年程度だという。彼らがここで元気に過ごせるなら、付き合いはもうしばらく続きそうだ。

 この日の夜にも、ヤモリたちは窓に来ていた。珍しく3匹が同時に姿を見せ、互いに距離をあけつつ獲物を待っていた。やがて、一番良い場所を確保していた大きな個体が蛾を仕留めた。バタバタと暴れる蛾をそのまま丸呑みし、満足そうに口元をなめる。

 その様子を見て、私は自分がこのところちゃんとした食事をとっていないことを思い出した。今やっている案件が終わったら、何か作るか、せめて外食しようと思いながらモニターに目を向けた時、何か白いような肌色のような長いものが下から現れ、大きなヤモリのいる位置をかすめて、すぐに下へ引っ込んだ。大きなヤモリの姿は消え、他のヤモリたちは逃げていった。

 窓を開けて下を見たが、何もなかった。

 次の日の朝、ごみを出しに外に出ると、ヤモリの下半身だけが地面に落ちていた。大きさからして、昨日いなくなった大きな個体のようだ。何かの生き物に食いちぎられてしまったらしい。

 このままカラスやオサムシやらに食われるのは忍びなかったので、拾い上げて植込みの根元に埋めてやった。

 きわめて簡素な埋葬を終えた後、私は部屋の窓を見上げた。

 あの時にヤモリを摘まんで持って行ったのは人の腕だった。窓辺はヤモリ以外の物にとっても良い餌場になったのだろうか。

 部屋に戻ると、デスクを窓から離れた位置へと動かした。

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