第2話 茶色い毛皮

 大学生のころ、夜中に山に登ったことが何度かある。山開きの日に山頂で日の出を見るために、夜のうちに登るのだ。酔狂な趣味に付き合ってくれる友人がいなかったので、登るのは毎回一人だった。

 標高2000mもなく、登山道も整備されているので、夜であっても遭難の危険性は低い。夜が明けると多くの人が登ってくるので、万が一何かがあっても助けてもらえる。

 それでも夜のうちに登る人はほとんどいない。真っ暗な山道を一人だけで、ヘッドライトの明かりだけで登っていくのはなかなか怖い。不気味というのもあるが、イノシシやクマに遭遇してしまうかもしれないというのも怖かった。

 登山道を歩いていくと、道のわきの藪から、何かが動く音がすることがしばしばあった。最初はイノシシではないかと恐れたが、ライトを向けた瞬間に小さい茶色い毛皮が藪の中に駆け込むのを見て、ネズミだと気が付いた。夜のうちに天敵の目を逃れてエサを探すネズミが、予想外の人間の出現に恐れて逃げ出した音だった。

 正体を知ってからというものは、まったく怖くなくなった。一度はもっと大きな音がしたが、そちらはウサギだった。ウサギも怖いことはない。登山道でも、山開きでもない普通の日の夜に人が通ることはない。自分たちが知らないだけで、実際は多くの動物が周りにいるのだと実感できて、楽しみを抱くことができた。

 次の年からは、物音が鳴るとすぐにヘッドライトを向けて、逃げ出すネズミやウサギが見られるか試す遊びをした。成功率は3回に1回といったところで、笹や藪に逃げ込む茶色い毛を見ることができた。日本で野外に住むアカネズミやヒメネズミの毛は茶色で、ニホンノウサギの毛も茶色だ。

 ただ、一度だけ違うものを見たことがある。ウサギほどの大きさだが毛が生えておらず、色が白かった。四本足で歩いていたと思うが、ウサギのように跳ねず、ハイハイするように動いていた。

 もしかすると、見ていないだけで、何度か遭遇していたのかもしれない。

 社会人になってからは、夜に山を登っていない。

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