第41話 星の魔物狩り

 ズルズルと勇者の証の剣を引きずり、意思のない瞳で力なく立ち止まる。


 四肢は弛緩し、うつむいているが一切隙が見当たらない。


「レ、グ、ル、ス……!」

「もう人間じゃないな。魔物だ。あれは」


 知性なんて存在しない。ただ俺を殺すためだけの魔物に成り下がってしまっている。


 自我を失ってまで俺を殺そうとする執着に背筋が凍る。


 アレは俺が確実に仕留めなければならないものだろうな。


「君たち、レグルスがこうなった理由を知ってるかイ? ボクも扱いに困ってるんだけド」

「知るか」

「そうかイ……まあ、なんでもいいヨ。レイト、好きに殺してくれていいヨ」


『クジラ』の言葉に応えるようにレイトは低くうなると、その弛緩した身体からは予想できないほどの速度で距離を詰めてきた。


「コロスゥゥ!! レグルスゥゥゥ!!」

「クソッ! 化け物が!」


 レイトの『エンケラドス』と『デュランダル』が激しくぶつかり合った。


『身体強化』最大値で付与しても力負けする……!


 ズルズルと地面を抉りながら引きずられていってしまう。


「君を狙っているのはレイトだけじゃないヨ?」


 レグルスと強引に入れ替わるようにして躍り出た『クジラ』の水刃が迫る。


 さすがによけきれないかなぁっ!


 迫りくる本物の死を覚悟し、瞼が閉じる。


 が、生暖かいものが噴き出す感触も、冷たい刃の痛みも来ない。

 ただ、刃がぶつかり合う音だけがした。


「私たちがいることを忘れないでください! 側にいるって言ったじゃないですか!」


 目を開けた先には俺をかばうように『クジラ』の攻撃を受け止めるシュヴァリエの姿があった。


「そう、そうだよな……! 助かった!」

「こっちは任せてください!」

「頼んだ!」

「行かせると思うかイ?」


『クジラ』はもう片方の手で水刃を繰り出そうとするが、


「『激流槍』!!」


 俺に届く前にシュヴァリエによって防がれた。


「あなたの相手は私です!」

「そうかイ! 健気だネェ!」


 鍔迫り合いの状態で互いにけん制し合うシュヴァリエたちを横目で見て、俺はレイトへと突撃した。


「オオオオ!!」


 レイトは雄叫びを上げながら首筋に向かって振りぬいたデュランダルごと俺の身体を弾き飛ばした。


 岩壁に激突した背中から嫌な音がなる。


「おい、馬鹿力すぎんだろこれ……!」


 口にたまった血を吐き出し、何とか立ち上がるが、背骨の痛みですぐかがみそうになってしまう。


「レグルスゥゥゥ!!!」


 再び雄叫びを上げて突撃してきたレイトを、半身をずらして受け流す。


「痛っ……!」


 が、俺の腕には電撃が走っているかのようなしびれがある。


 このままだとジリ貧だな……!

 本当は一刻も早く『自爆』したいんだけど……!


 レグルス! 


『気安く呼ぶな! 久しぶりだな』


 いいから『根性』の残り時間は!?


『たわけ。急かすな。残り1分半だ。俺はお前の従者でもなんでもな──』


 今説教聞いている暇ないんだよ。


 ぐちぐちと文句を垂れ流すレグルスは無視して、今度は俺から切りかかった。


「キカヌ……!!」


 足元を払う一撃もレイトのすくうような剣で防がれてしまう。


「『彗星群』!!」

「チッ……!」


 飛び退いた俺を追うように何もない空間から魔力の岩が降り注ぐ。


 洞窟で『彗星群』を使うなよ!? 天井崩れて生き埋めになるんだけど!?


 崩落したら自分も巻き添えを食らうというのに今のレイトはそのリスクさえも考えていない。


 逆に言えばこいつはたとえ自分が死んだとしても俺を倒そうとしてくるということ。


 シュヴァリエたちが巻き込まれる前に決着をつけないと……!


「オオオ!! 死ネ! 死ネェェ!!」

「うるさいわ!! ゴブリンでももう少し静かだったよ!!」


 レイトのでたらめな剣撃を、上半身をのけぞらせるようにして回避し、飛び退き、『エンケラドス』に刃を沿わせるように受け流していく。


「よかったねぇ! 理性失ってほうが強いじゃん!」

「死ネェェ!!! 『墜星』!!」


 怒りで顔を真っ赤にしたレイトが『エンケラドス』を地面に突き立てる。


『エンケラドス』は徐々に赤熱し、地面を割った。

 剣を中心にクレーター状に衝撃波が広がる。


 デュランダルの能力で何とか防げたが、今の衝撃で洞窟の壁、天井から砂埃と水滴が振ってきた。


 まずいな。俺が倒れる前に洞窟が崩れそうなんだけど。


 レグルス残り時間は?


『あと30秒だ』


 オーケー。


「オオオオオ!!」


 がむしゃらに突貫してくるレイトを細かなステップでかわしながら、洞窟中央へと誘導していく。


 あーあ。魔物化しなけりゃこんな簡単に策にひっかかんなかっただろうな。


 足を止めると、すぐさまレイトが剣を振りかぶった。


 合わせるようにデュランダルを弧を描くように切り上げた。


 デュランダルはその斬撃が通過した空間に魔力を通さない障壁を張る。


 それは相手の攻撃だけでなく俺の攻撃も通さない。


 つまり、


「ここなら被害なしで『自爆』うてんのよ」


 デュランダルで区切られた空間の中で俺は身体にありったけの魔力を込めた。


「『自爆』!!」


 レイトの叫びもかき消され、消えていく。

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