第38話 決戦前①

「『学外のトラブルであり証拠も不十分のため今回の件に対して学園側から処分は下さない』……? 学園側は何言ってんの?」

「生徒の不祥事を大事にしたくないのよ」

「いや、貴族の家が襲われてるんだけど?」


 というか生徒が三人も襲われてるんだけど?


 レイトと『十二座』の襲撃の翌日、クレイモア邸に学園から送られてきた書類には見るからに経営陣の保身が第一に書かれていた。


 もうあきらめたといった表情でリーナが続ける。


「私たちで自衛しなければならないってことよ。気をつけなさい」

「リーナたちも少し俺と距離置いた方がいいかもな」


 レイトに狙われているのは俺一人だ。

 二人に危害が加わることにはしたくない。


「いえ、私はレグルスさんの側に居続けます。婚約者ですから」

「今更ね。王女の私を巻き込んだ以上、私の手で罰を加える必要があるの。渦中のあなたから離れるはずないでしょう」


 決意に満ちた目でシュヴァリエが、おどけるような声でリーナが宣言する。


「そこまで本気ならいてくれた方がありがたいけど、少しでも身の危険を感じたらすぐ逃げてくれよ。二人の傷つくところを見たくない」


 そう言うと二人は大きくうなずいた。


 ああは言ったものの二人がいるだけで状況は大きく変わってくる。


 王家とのつながり、フォーマルハウトの内部につながるメリット、二人の類まれなる戦闘スキルを得ることは大きい。


 だが何よりも、俺から離れなかったことがうれしかった。

 人に好かれるほどの人間にはなれたのだと実感した。


 巻き込んでしまった彼女たちのためにも、俺はレイトを倒さなければならない。


 ここからが俺たちのターンだ。


 ☆


「久しぶりだな。『エコー』」

「久しぶり。 要件は?」

「メイドらしくないなぁ? ご主人様とか言わないの?」


『エコー』が苦虫を嚙み潰したような顔で呻く。


「言わないの……! 御用、でしょうかっ! ご主人様……!」

「うん。よろしい」


 いたいけな少女ににらまれながらご主人様と言われるのも、良い。


「真剣な話かと思ったらただ単に気持ち悪かったんですけど」

「さすがにキモいわね。少女趣味なの?」


 後ろからの視線が痛いが、まあ無視だな。


「『クジラ』のアジトはどこにある?」

「急に真面目になりましたね」

「温度差で風邪ひきそうだわ。少女趣味さん」


 いやいやいや、真面目な話するでしょうに。っていうか少女趣味って呼ぶなぁ!


 そんな俺たちの茶番には目もくれず、『エコー』は淡々としていた。


「どこにある? 言うはずないでしょう。私は『十二座』よ。仲間の居場所なんて伝えるはずがないことくらいわかるでしょ」

「いいや。お前は言うね」


 俺は自信をもって断言する。


「言うね? ありえないわ」

「じゃあ、学園にあるあの空間はなんだ?」

「っ……!? それは──」


 何かを言いかけて『エコー』はハッと口をつぐむ。


 こいつ結構単純だな。

 カマかけてみたら意外とちょろくて助かった。


「自分の身のためにもここは俺たちに協力したほうがいいと思うけど?」


 慌てて逃げようとした『エコー』の奴隷紋に魔力を流す。

 その場に座り込んだ彼女の眼には諦めと共にまだ復讐心があるように見える。


「思うけどっ! 卑怯よ! 奴隷紋で脅すだなんて」

「卑怯? 鍛冶屋で奇襲を仕掛けてきたのはどっちだ? お前たちがやったことに比べれば俺たちは優しいと思うけど?」

「思うけど……! あなたの目的はレイトでしょう!? 何で『クジラ』のアジトを知りたいのよ!?」


 そう叫ぶ『エコー』の目には涙が浮かんでいた。

 仲間を思う気持ちには同情するが、今はその感情が枷になる。


 もう一つ言うと別に俺の目的はレイトじゃない。


 レイトはレグルスとの約束を果たすことへの障害でしかない。


「俺の目的は強くなること、ただそれだけだよ。レイトも『十二座』も邪魔な障害物でしかない」

「でしかない。バカみたい。絶対に教えないわよ」

「そうか。なら学園内をしらみつぶしに探すしかないか」


 まあ、脳筋な方法が一番手っ取り早い時もあるしね!


 ここまで沈黙を保っていたシュヴァリエが口を開く。


「探すにしても無計画だと効率悪くないですか?」

「いや、大丈夫。計画はあるから」

「あるんですか?」

「学校のことなら管理している人たちに聞けばいいんだよ」


 そう、学校の隅々まで知り尽くしている人間なら少しの異変にも気づくはず。


「事務室に行くんだよ」

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