第37話 皆々様、激怒でなにより

【???視点】


「いやあ、見通しが甘かったですよ。まさか、奴隷紋で縛ってたなんて思わなかったんですよね?」

「あまり生意気にするとその首切るわよ」


 おー怖い怖い。


 水瓶から響く声には明らかに苛立ちの色が見えていた。


 自分の計画の見通しが甘かったのに何でイラついているんですかね?

 更年期ですか?


「でもあなたにも責任があるんじゃないかしら? なぜクレイモア邸に『クジラ』本人を向かわせなかったの?」


 いやあ、今更責任転嫁されてもねえ。


「だって『剣姫』も王女もいるってわかってるところに貴重な戦力を向かわせるわけないじゃないですか」

「私の計画が失敗することがわかっていたの?」

「いえいえ、保険ですよ。保険。それよりも、あんまり怒ってると老けますよ? おいしい物でも食べます? 焼串ならありますけど」

「あなたの焼串はもう飽きたわ。これからどうするつもり? レイトとあなたたちがグルだってバレたわよ?」


 水瓶の声はため息をつくといたって冷静に話を戻した。


 つまんないな。挑発くらい乗ってくれてもいいんですけどね。


 なかなかに貴族らしい面の厚さはもっているようだ。


「バレたのはレイトと『クジラ』の関係ですし、ぼくたち本来の目的は知られてないですから計画通りに進めていきますよ」

「そう。頼んだわよ。今回の報酬はないわ。そこら辺の草でも食べてなさい」


 あ、根に持ってたみたいですね。


 女の声と共に瓶の中の水が消える。


 さて、どうしたものですかね。


 なるべく僕が出ることは避けたいんだけどなぁ。


 まだ彼の前に出るフェーズじゃない。


「とりあえず、彼らのところに行きますかね」


 とぼとぼと地下に降りていく。


 コアを破壊したダンジョンを改造して作ったその施設は数ある『十二座』の隠れ家の一つだ。


 湿気でべたついたドアを開くと、そこには洞窟の壁がむき出しになった外側からは想像がつかないほど人工的な空間が広がっていた。


 まあ人工的とはいっても木材むき出し建築ですけどね。


 かすかに舞う埃に顔をしかめながら一番奥の部屋に入る。


「なーに無茶してんですか。今度こそ死にますよ?」

「指示したのは君だヨ?」


 俺の軽口を皮肉でカウンターしてきたのは毒々しい液体に半身を疲らせた『クジラ』だ。


 前回の戦闘で『自爆』が直撃した彼は今絶賛治療中である。

 毒々しい風呂はポーション風呂というわけだ。


「まだボクも安置してないんだからネ? ほら、ここまだ肉が見えてル」


 そう言うと彼は長い髪をかき上げ背中を見せる。

 脇腹のあたりが大きくえぐれ、ぴくぴくと蠢く内臓が透けていた。


 ホントこの人じゃなかったら死んでますよ、これ。


 上級ポーションの風呂に浸かっていたとはいえ、腹がえぐれても動けているのは彼の類まれなる体質のおかげだろう。


「あ、あとソウソウ、君が寄越したあの子、普通に帰らせたヨ」

「フォローは僕の方から入れときますねー」


 茶化したように答える僕を『クジラ』はスッと真剣な表情で見つめる。


「本当にあの子が『勇者』かイ? 今の僕でも倒せそうな感じだけド」

「本当ですよ。名前も、現時点のステータスを見ても『勇者』で間違いないですよ」


 そう言うと彼は興味を失ったように目を閉じ、湯船に身体を沈めた。


 まあ、言いたいことはわかりますよ。


 レイト、があまりにも役に立たない。


 我々のせいでレグルスがレベルアップしてしまったこともあるけど、基礎ステータスで圧勝している相手にここまでコテンパンにやられるとは思っていなかったな。


「あのマダムに策を聞けばいいんじゃなイ? 『勇者』を紹介したのも彼女だろウ?」

「さっき嫌み言われてきたばっかなんですけどー」


 またあの人と話すんですかー。

 嫌味も文句も受け止めるのは俺なんですけどね。


 最後にポーションの残量を確認して僕は洞窟を出た。


 ☆

「レイトさーん、大丈夫ですか?」

「帰れ」

「いやいや、引きこもるのは余計まずいですよ?」

「帰れって言ってんだよ」

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